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2020/11 №426 小熊座の好句 高野ムツオ
蟲の闇あぶらの如く浮きあがる 須藤 敏之
音を視覚化したり、映像化したりする表現技法がいつから使われ、どう受け継がれ
てきたか、詳らかには知らない。
音ではないが、見えないものに色を与えた言葉に「 白風 」がある、秋風のことだが
これは中国の五行思想に拠るのもので無色透明の風を指すというのが通説である。
俳句で、音を視覚化する技法を定着させたのは、おそらく芭蕉であろう。〈 海くれて鴨
の声ほのかに白し 〉。何が「 白し 」かは異論もあるが、海全体に広がる暮光ではなく
鴨の声そのものと解したい。それが単なる見立ての興趣に終わっていないのは、渡
りに生きる鴨の命と旅に生きる作者の漂泊の念とが、「 白 」という色に一つに溶け合
っているからである。〈 閑さや岩にしみ入る蟬の声 〉も声を映像化した俳句である。
「 しみ入る 」に見えないはずの声が見えてくる。
掲句で「 あぶら 」となって浮き上がってくるのは、虫の声ではなく虫の闇である。つ
まり、空間自体が浮き上がってくる。「 あぶら 」は蟋蟀始め闇に翅を立てて鳴いてい
る虫の体、いや、体の内部からあふれ出てきたものに相違ない。見えないはずの闇
の光。そんなものまで想像させる。河原琵琶男に〈 ある闇は蟲の形をして哭けり 〉が
あるが、こちらは闇を形象化した句。その句を下敷きにするなら佐藤鬼房の〈 残る虫
暗闇を食ひちぎりゐる 〉は暗闇と化した己が肉体をむさぼり食っていることになる。
肉体は焼かれて無言菊日和 渡邊 氣帝
火葬場での感慨だろう。無言という措辞は、反対に死者が生前、能弁家で自己主
張の強い人であったことを想像させる。感情豊かな人でもあったに違いない。もう、熱
いとかいやだとも訴えることができなくなった故人を思いやる悲しみの深さが伝わる。
だが、長寿を全うした人に違いないことは供花の菊にあふれる日差しが何よりもよく
物語っている。黄泉路もまた光あふれる。
王羲之の草書か揺るるコスモスは 栗林 浩
王羲之は四世紀初頭の政治家で書家。書聖として仰がれ、その手による「蘭亭序」
は、今なお書のバイブルである。楷・行・草の三体を芸術的な書体として完成させた
人だ。日本には鑑真の渡来とともに伝来、日本の書に大きな影響を与えた。王羲之
の草書で有名なのは「 十七帖 」。 「 蘭亭序 」に並ぶ古典で、書翰を分類整理したも
の。この句はコスモスの一輪ずつを王羲之の草書の一字ずつに喩えた。刻本のイメ
ージが強いから、闇に浮かぶコスモスを想像させる。これは蛇足だが、草書では懐素
の「 草書千字文 」もまたいい。良寛の書に影響を与えた書家だ。
何処までも跳ねよと銀河に投げし石 𠮷野 和夫
水澄むや宇宙の膨張は無音 菅原はなめ
絶滅の蝶の鱗粉天の川 布田三保子
は壮大な世界にそれぞれ想像を巡らせた佳品。
終戦日すなはち特攻兵の忌ぞ 橋本 一舟
ずぶぬれのブラウス薔薇の香を放つ 大久保和子
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パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
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