小 熊 座 2021/2   №429  特別作品
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      2021/2    №429   特別作品



        ポケットに穴         田 中 麻 衣


    右を見て左忘るる冬山河

    木枯や一夜の星を共に見し

    時雨るるや羽根を傷めし孔雀ゐて

    みちのくに続く未来や冬の虹

    冬耕の人もマスクの人であり

    鳥の声聞き分けられず冬帽子

    総門の前には石屋冬紅葉

    枯蓮の池に日当り良きベンチ

    錆ついてゐる時計台落葉時

    鯛焼の顔は笑つてゐるやうに

    木の葉散る島を出でざる獣たち

    黒牛の一群の立つ冬怒濤

    唇の渇く思ひやシクラメン

    たとふれば海鼠のやうな黙のあり

    産直のまだ生きてゐる鬼おこぜ

    刺身用わさび切れたる風邪心地

    オーバーのポケットに穴さういへば

    東京に出向かぬ日々や都鳥

    十二月薬缶買ひ替へ時かとも

    風呂敷の包み冬日を抱くやうに



        歳月の音        鯉 沼 桂 子


    とどかざる言葉冬日を膝の上

    枯草はたてがみ利根の川風に

    一行の詩編のやうな葱をむく

    筆不精山茶花はもう咲いてゐる

    人の世の刻を忘れて冬木の芽

    雨だれと云ふ春愁の忘れもの

    春愁にいつまでつなぐ舟の綱

    歳月の音して降るや桜蘂

    まぬがれぬ孤独新緑深みゆき

    洗礼のやうに雨降る春の土

    菜の花の記憶へつづく貨車の音

    こめかみに言はずじまいの春夕焼

    無花果の熟れし暗さを手のひらに

    ゆきずりの男に夕焼けの匂ひ

    サンドイッチの卵はみだす小六月

    あの頃の日差しを背負ひ赤とんぼ

    戻り来てやっぱりさうね沢桔梗

    野分あとペットボトルの水きらら

    言訳をたどれば蔦紅葉一枚

    地下鉄の出口は四角鰯雲



        綿 虫       丹 羽 裕 子


  
      北上行
    西口に牧水の歌碑朝時雨

    友と訪う三和土に冬日溢れおり

    青邨の無尽の鼓動冬青空

    陶潜の菊は無けれど遠雪嶺

    「百年立ったら」冬草青む修司の碑

    囚われし阿弖流爲の夢春の駒

    一葉落つ阿弖流爲修す境内に

      飯舘・浪江・双葉
    白狼は山津見の神冬晴るる

    虎捕山の岩峰冬の天を突く

    浪江駅の切符販売機冬日和

    駅前の暮しは消えて冬の梅

    請戸小の歴史は絶えず小浜菊

    津波より逃げみな助かった春の山

    冬怒濤原子炉建屋はるかなり

    仔牛のいのちの今日や大冬日

    妙見さまの使者は綿虫双葉駅

    瓦礫山今ロボットが冬草刈る

    凍星や津島は今も闇の中

    木枯とメガソーラーと汚染袋

    ふくしまに物の怪今も春来るも



        短 日       草 野 志津久


    狐火や原発ゲート閉じてあり

    短日や心ごわごわと畳む

    柚子湯出て地球の端にいる心地

    淡き陽に被曝の村の年用意

    闇を出て闇に戻りし牛の舌

    牛は今黒き魂冬夕焼

    希望の牧場まだそこにある頭蓋骨

    がらんどうの牛の頭蓋や冬すみれ

    おばさんのように牛は歩みて冬の星

    甘辛き浪江焼きそば冬日満つ

    シクラメン浪江焼そばの太さ

    浪江駅にまぼろしの貨車冬銀河

    浪江駅は無音の駅よ雪が降る

    凩や船の形の請戸小

    冬桜潤みて人の住めぬ町

    綿虫のふわりふわりと死者連れて

    耕運機ポインセチアの緋の向こう

    早寝する天狼がまだ落ちぬまに

    小さな小さなマスクの子らにある明日

    隣家の灯小さきが嬉しクリスマス



        山眠る        佐 藤 み ね


    冬日和池に映りし有備館

    有備館の紅葉明かりに包まれる

    池の端の群舞となりぬ紅葉かな

    紅葉散る水面を揺らす鯉の群

    桜紅葉の重なる庭や箒目濃し

    箒目の紅葉赤子の手と思う

    切株の芯の紅色初時雨

    初時雨鯉の水輪と重なりぬ

    冷泉家の冬芽空へと尖りおり

    裸木の影にも鼓動ある日なり

    木の影を乱して冬の鯉となり

    乾きゆく桐の実いつか仏花めく

    桐の実のにぎわいに寄る鯉の口

    明神社の厄難の札冬の草

    柏手の続く神社や雪螢

    混みあえる杉の枝先小鳥来る

    鳥の声吸い込まれゆく冬青空

    麦の芽の揺らぐ高さや栗駒山の風

    山裾に冬雁の声暮れ残る

    山眠る星の神話を聞きながら





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