小 熊 座 2021/2   №429 小熊座の好句
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    2021/2   №429 小熊座の好句  高野ムツオ



    マスクの世言葉を隠し声隠し      津髙里永子

  コロナウイルス禍の昨今、マスクを題材とした句が季節を問わず見受けられるよう

 になった。マスク着用が通年となったせいである。ただし、ウイルス感染防止のマスク

 は俳句では扱いにくい。マスクは冬季の感冒や寒気を防ぐためのものとして冬の季

 語に定着してきたからだ。「夏マスク」の用語は、苦心のほどに同情するが無理な造

 語である。では、冬の季語ではなくなったのか。まだ結論を出すのは早いだろう。これ

 までも医療用や防塵用のマスクがあって、季語とは別の言葉であった。これは医療

 用や調理用の手袋が季語の手袋でないのと同様である。それでも季語手袋は生き

 続けてきた。季語マスクもコロナウィルス禍のマスクも俳句においての用い方次第と

 いえようか。

  こうした言葉の意味の変遷は、何も季語に限ったことではない。電話と言えば、か

 つては玄関あたりの電話であったが、今では、固定電話とか黒電話とか呼ぶ。俳句

 の世界ではどうなのか。車はかつては自動車以外も指す言葉だったが、誰もが自動

 車以外を想像することがなくなった。例えば苺やバナナは現実的には季節感を喪失

 している。だが、俳句の中では、まだわずかに季節感を残している。無季と断定でき

 ない。懐炉は今や紙懐炉が主流だが、これも表現の仕方で現代的なシーンを演出で

 きる季語となっている。この句のマスクはコロナウイルス禍の時代を踏まえて、無季

 の題材として表現したものだ。誰もがマスクをして生きねばならない現代のあり方が

 中七、下五の表現に象徴的に切り取られている。

    聖樹の灯何も抱かず犬眠る      松岡 百恵

  この句の鑑賞にも、そうした言葉のイメージの変遷がうかがえる。かつて犬は外で

 飼われていた。「犬眠る」といえば、犬小屋の犬と相場が決まっていた。〈凍るばらの

 木犬は鎖のなかで寝る 鬼房〉の世界である。野良犬の遠吠えも聞こえた頃だ。この

 句も街角の聖樹の下の犬の姿と受け取ることは可能。だが、やはり屋内の愛玩犬の

 寝姿と解するのが自然だろう。それでも、いろいろ想像を巡らせながらどちらに読ん

 でも、この句の世界にはゆらぎがない。肝要なのは中七である。昨年の十二月、福

 島県飯舘の山津見神社に出かけた。四度目の訪問である。さまざまな伝説が残るが

 他の狼や犬を祀る神社同様、犬は安産の神である。多産で子を大切にするのは、神

 社の狼の絵からも、すぐ想像できる。群れをなし、互いに寄り添い抱き合い眠るのが

 犬本来の姿なのだ。この句の「何も抱かず」には飼われて生きねばならない犬の孤

 独が込められている。それは、どこで飼われていようが関わりのない飼育される動物

 の根源的な悲しみの姿なのである。

    凍蝶は湖上に泛ぶ月の色        坂下 遊馬

  月の色はモンキチョウを想像させる。モンキチョウは越年蝶とも呼ばれ、成虫で越

 冬すると聞く。凍蝶となっても冬を越すとひらひら舞い産卵する。その復活前の姿で

 ある。





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