小 熊 座 2021/6   №433 小熊座の好句
TOPへ戻る  INDEXへ戻る



    2021/6   №433 小熊座の好句  高野ムツオ



    西行の死後のしら雲弥生尽        武良 竜彦

  宗祇や芭蕉など、さまざまな逸話が残る詩歌人は古来多い。しかし、西行ほど多く

 のエピソードを残している人はいない。それはまず西行が秀でた歌人であることに加

 えて、その人生のドラマチック性にある。もっとも史実として確かなのはどこまでで、

 残されているエピソードがどこまで信憑性があるかはまた別の問題ではある。『撰集

 抄』や『西行物語』『吾妻鏡』などには、有名な挿話がいくつも紹介されている。たとえ

 ば北面の武士としてエリートコースを歩んでいた西行が友人の死をはかなんで出家

 をする件があるが、決別にあたって幼い娘を縁側から蹴落としたという芝居じみた場

 面が伝わる。また、二度目の平泉行きの途中、鎌倉で源頼朝に弓馬の道について話

 を乞われ、その礼に授けられた銀製の猫を門外で遊んでいた子供に与えてしまった

 との話も語られている。各地に民間伝承として残されているのは、「西行戻り」であろ

 う。これは西行が旅先で出会った童子と問答をして童子に言い負かされるという筋書

 きである。歌問答の形をとっているものが多いが、よく知られているのは童子に「西行

 は西に行くと書くが、東に来るとはこれ如何に」と問われ、答えることができず、すご

 すご戻っていったという筋立てだ。西行が名のある歌人かつ誉れ高い武門の出で、

 なお高僧であることを踏まえた上、その価値を逆転させるところに生まれる面白さが

 このエピソードを普及させたのである。鎌倉時代から室町時代にかけて興った民衆

 の無名のエネルギーが源となっているといえようか。「きさらぎの望月」の頃の死を望

 み、それが叶った天賦の貴種とは無縁の世界に生きる人々の生が生んだものだ。こ

 の句の「しら雲」をどう読むかは鑑賞者の自由だが、もしかしたら、そうした無名つまり

 只者こそが西行が願った生き方であり、白雲は残影として千年後の今も浮かんでい

 るのではないか。

    がじゅまるの抱きつくように伸びており      千倉 由穂

  ガジュマルは熱帯地方の常緑高木。幹から多数の気根を伸ばし、太い支柱根を形

 作る。他の木の上に生育し、その木を気根が絡み枯らしてしまうこともあるという。日

 本では沖縄や屋久島に育つ。沖縄戦の際、日本が敗戦したことを知らずに逃げ回っ

 た日本兵二人がこの木の上で二年間暮らしたとの話も残る。ガジュマルが沖縄の人

 々の耐えながら生きる姿とも読める。沖縄という大地に必死に抱きついているのだ。

 別名の「締め殺しの木」が何とも悲しい。

    焼却炉めきて夕焼のワンルーム        奥村 俊哉

  一人暮らしの若者の句である。部屋が焼却炉なら、そこに膝を抱える作者や家具

 はこの世の不要品ということになる。しかし、燃えるときは完全燃焼してエネルギーの

 塊となる。その矜持に裏打ちされている。

    昼半球の端にてひとり犬ふぐり         髙市  宏

    鳩の目の恐ろしき闇榧の花           亀山 行房






パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
  copyright(C) kogumaza All rights reserved