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2021/8 №435 小熊座の好句 高野ムツオ
前号で渡辺誠一郎編集長が勇退することになった。私が鬼房先生から主宰を引き継
いだのは2002年(平成14年1月) だから、かれこれ二十年近くも編集長として尽力頂
いた。感謝の念は言葉ではとうてい尽くせないものがある。今後も小熊座を代表する俳
人として小熊座はもとより俳壇内外で文筆をふるって頂くことに期待したい。
新編集長には及川真梨子に就いて貰った。俳句甲子園を俳句出発とする若手で、必
ず小熊座の誌面に新風を吹き込んでくれるだろう。小熊座はささやかな冊子ではあるが
ベテラン俳人と新鋭俳人とが論作両面において饗宴する場として今日を迎えている。そ
の姿勢は今後も変わることがない。
小熊座は毎月同人が八句以内、誌友が五句以内提出となっている。かつて同人は十
句以内提出であった。鬼房先生が私に主宰を引き継ぐ際に同人は全員四句自選にせよ
との指示を頂いた。先生の意向に背いたことがあるとすれば、この一点に尽きる。同人
欄を自選にせよとしたのは、何より私の時間的負担を慮ったゆえである。だが、小熊座
がその薄い頁数に関わらず、俳壇にそれなりの評価を得てきたのは、掲載作品の精選
ゆえである。同人諸氏には引き続き毎月八句提出を目指し励んで頂きたい。私の及ぶ
限り、現在の提出句数を維持しながら選句を続けていく。むろん、私の眼が及ばず、日
の目を見なかった秀句も多くあるだろう。それは各自の判断で大事にして欲しい。
目算の鰻こんがらかつてゐる田中 麻衣
俳句は言葉で作るものである。だが、既知の存在や感覚を言葉に置き換え伝えるもの
ではない。言葉によって新しい世界を創造するものである。この句が詠われた場所が笯
であれ生け簀であれ、それは問題ではない。懸命に鰓呼吸を繰り返している鰻の命その
ものが「こんがらかつてゐる」いることを言葉によって発見していることに価値があるの
だ。鰻の生き様に圧倒されている作者自身も見えてくる。
蟻地獄の淵の傾斜よわが余生植木 國夫
蟻地獄を見つけ覗いたり、指で蟻地獄の宿主を掘り出してみたりした経験は多くの人
が持っているだろう。擂り鉢に似た砂の形の美しさに感嘆した人もいるだろう。だが、蟻
地獄に淵があって、さらにその淵が傾斜していることに気づいた人はいない。「淵」と指
摘されて、初めて見えて来る、生死紙一重の世界がある。さらに、作者はそんな危険極
まりないところに自分の残り時間を見出している。風狂とは、命がけの痴れ者であって初
めて可能なのだ。余生とは一生の土壇場でもあると気づかせてくれる。
雨垂れや圧壊深度にわれひとり𠮷野 和夫
「圧壊深度」は潜水艦の潜航安全深度などに用いられる専門用語。ここでは不透明な
時代の有形無形さまざまな圧力の深度のことだろう。無名の民はそこに息を潜めて生き
るしかない。無季の句だが、梅雨時だろう。雨垂れが永遠に続くかのようだ。
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