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 小熊座・月刊


   2021 VOL.37  NO.436   俳句時評



       「俳句の未来」を語るのは誰か?

                           樫 本 由 貴



  昨年度現代俳句協会評論賞受賞者の外山一機は、平成29年度の同賞において「川名大

 を忘れる、ためのガイダンス」で佳作を受賞している。当代最も優れた俳句研究者の一人・川

 名大が俳句の世界から「引退」すると公言した(『昭和俳句の検証 俳壇史から俳句表現史

 へ』2015)ことを受けて書かれた論である。外山は、俳句形式を追求し自己や社会に向き合

 う「文学としての俳句」を是とする昭和俳句の優れた「伴走者」であった川名大を俳句から去

 らしめたのは「書くべきテーマを喪失した」「いまの僕ら」であると指摘する。一方で「僕には川

 名の掲げる正義があまりに眩しすぎる」とも書き、論の最後は反語的にではあるが「川名の

 『俳句』史」を「いっそ忘れてしまえばいい」と締め括られる。筆者は「文学としての俳句」を志

 向した川名に見放された世界で、なお俳句を書き続ける「僕ら」についての根本的な問いを投

 げかけられたと感じ、当時強い衝撃を受けた。

  しかし川名は今も残された仕事を完遂するために精力的な執筆を続けている。『俳句』(角

 川文化振興財団)の連載「昭和俳句史」の第三回となる七月号は、態度論に傾いた社会性

 俳句の表現上の弱点の指摘から始まる。社会性俳句の中心的存在であり1950年代に「造

 型俳句論」を唱えた金子兜太を軸に展開する川名論では、高柳重信が兜太の〈銀行員ら朝

 より蛍光す烏賊のごとく〉を暗喩の方法でリライトした資料の引用が興味深い。同誌は、本論

 と堀切実の新連載「兜太の比喩表現」の内容がリンクしており充実感があった。

  『現代俳句』七月号では、川名は「芸術派の諸君、委縮するべからず」というキャッチーな題

 で寄稿している。論はまず俳句の書き手を江里昭彦の分類に従って「芸術派」と「遊芸派」に

 二分する。芸術派とは「表現史および俳人としての自己の立ち位置への認識を有し、独創的

 な表現様式を創出しようとする」人々。遊芸派とは総合誌、結社誌などの投句に勤しみ「入選

 落選に一喜一憂」したり「現実の充実に喜びを見出」したりする「素人芸術家」である。

  川名が芸術派として想定しているのは『モダン都市と現代俳句』(2002)や『俳句は文学で

 ありたい』(2005)などの著作において最高の評価を与える三橋敏雄、森澄雄、高柳重信ら

 戦後派俳人だろう。川名は自身の選句基準に基づいた「秀句」が戦後の総合誌に一%しか

 ないと述べた上で、数において圧倒的に不利な立場にいる芸術派を鼓舞する。遊芸派に対し

 ては黙殺に等しい厳しい態度だ。

  これを読んだ外山のいうところの「僕ら」は本論に強い拒否感を覚えるのではないか。拒否

 感の理由を微分するなら、昭和俳句の選句基準でもって現在の俳句表現を審美できるのか

 という懐疑。現代俳人の名前が、遊芸派はもとより、存在しているのであろう芸術派ですら挙

 げられていない不確かさ(なお、プレバトなどの具体名から遊芸派を牽引する存在として夏井

 いつきが想定されていることは推測できる)。特に後者には芸術派、遊芸派を互いの仮想敵

 にするだけでなく、読み手に自身がどちらに属するかを委ねて分断を作る迂闊さも見受けら

 れる。

  これまでの川名の仕事は、実証的にテキストを読み解く堅実なものだった。川名の選句基

 準は恣意的だが、同時に川名は表現史上に意義深い作品を巧拙に関わらず発見する目を

 持っている。川名が編集委員会の中心的役割を果たした『昭和俳句史年表 戦後編』(現代

 俳句協会編・2017・東京堂出版)を開けば、昭和俳句に関しては卓越したバランス感覚で選

 句していると分かる。約二〇年前にジェンダーとセックスを切り分けて女性の昭和俳句を検

 討しており、時流の先読みもできる(『モダン都市と現代俳句』)。筆者は、自身もまたこの文

 章に拒否感を持つ「僕ら」の一人であることを自覚しつつ、なぜ川名がこのような文章を書か

 ねばならなかったのかということに立ち止まりたい。

  本人は、『現代俳句』側に「「俳句の未来」についての私見」を求められたからだと述べてい

 る。続けての一文はこうだ。「(筆者注:俳句からの引退を公言しており)その上、「俳句の未

 来」を適切に推察する客観的なデータや方法を持ち合わせていない」「明確な構想も立てられ

 ないまま、書きあぐねて、とりあえず直近の俳句の情況について私見を書き始めてみた」。

  筆者は川名の文章の欠点を先述のように認める。しかしそれ以上に、川名にこのような依

 頼をした構造を疑問視する。川名本人から――実証的な研究を信条としてきた俳句研究者

 から――研究者としての質を疑わせる文章を引き出してしまうような構図を、だ。

  この原稿の内容を『現代俳句』編集部が予測できなかったとは言うまい。川名が長らく

 「俳句の未来」を見ていないことは、四年前の外山の現代俳句協会評論賞応募作を見るまで

 もなく、本人の著作から明らかだ。「俳句の未来」を諦めた川名に「俳句の未来」の私見を求

 めてどうしたかったのか、筆者にはわからない。まさか明るい提言があるとでも思ったのか。

 まさか川名一人に遊芸派の反発を集めたかったとでもいうのか。

  川名の直近の仕事である『戦争と俳句』は「俳句の未来」のためではなく富澤赤黄男の転戦

 経路の資料整理や戦時期のアンソロジーについての論考を収めるなど、昭和俳句研究の骨

 組みをより綿密にするためのものだった。川名のスタンスはぶれない。にもかかわらず、こん

 な形で「近い将来に俳句の世界から立ち去ろうということを公言」した川名の〝背中を押す〟

 のは、彼の仕事に多大な恩恵を受けた「僕ら」の一人として、耐えがたい。この文章の掲載は

 川名が近いうちに俳句を去ることを再確認するものであり「僕ら」の俳句を批評しえる「僕ら」

  昭和俳句は「書くべきテーマ」があった時代の俳句だ。筆者はそれに憧憬しているが、しか

 し、もしそれが「戦争記憶の継承と歴史修正主義者との闘い」ならば、「東日本大震災」ならば

 「新型コロナウイルス感染症流行とそれに伴う社会不安」ならば、そんなものは要らなかった

 と思う。しかし、目を背けることはできない。そういう葛藤と向き合いながら生きる〝私たち〟

 に「書くべきテーマ」を背負いきった先人と並走してきた川名の眼差しは、外山に倣って言うな

 ら、やはり眩しすぎる。

  川名の文章にいかなる感想を抱いた人も考えてほしい。「俳句の未来」はあるのか。「俳句

 の未来」を語るのは誰か




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