小 熊 座 2021/11   №438 小熊座の好句
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   2021/11  №438 小熊座の好句  高野ムツオ



    水母食ふ水母その水母食ふ水母        春日 石疼

  水母の共食いのさまを四度も「水母」と畳みかけて表現した。海中を舞うように

 食い合う美しくも苛酷な姿が彷彿する。食う食われるの関係は異種間によるのが

 通常だが、共食いもまた様々な動物間で行われているので、水母の特殊性ではな

 い。人間の間でも行われる。もっとも人間は飢餓における緊急性から止むを得ず

 起こる共食いの他に、カニバリズムと呼ばれる特殊な習慣も持ち合わせている。

  水母の共食いのさまにインパクトがあるのは、その生態の神秘性によるだろ

 う。「枕草子」の第百段「中納言参りたまひて」に中宮定子の元を訪ねた弟の中納言

 家隆のエピソードが紹介されている。扇の「いみじき骨」の話をきっかけに、傍で

 耳にしていた清少納言が「さては、扇のにはあらで、くらげのななり」と機転を利

 かせて応えた場面だ。「くらげの骨」は同時代の『元真集』の歌にも作例があるの

 で、骨がないのに動く水母の不思議さ、珍しさへの関心は知識層にはある程度共

 有されていたのであろう。

  水母の傘が動くのは筋肉の働きによるのだそうだ。しかも、その傘自体が水母

 の心臓の働きを兼ねているらしい。では、他の器官はどうなっているか。ちょっ

 と調べただけで、その不思議さは倍増する。代表的なミズクラゲには傘の縁に黒

 い点があり、それが目の役割を果たしている、しかし、光の明暗ぐらいしか区別

 ができない。耳はないが感覚器官があり音の高低を感じることができる。口は傘

 の裏側中央にあって胃もあり食べたものによって色が変化する。寿命は一年ぐら

 いだが、驚くことは、種類によっては時にポリプという元の形態に戻り、岩など

 に定着し再生することがある。つまり不老不死。こうした不思議な生命体が華麗

 に共食いをする神秘性、根源性が、この句では言い止められている。開高健は

 「性欲・権力欲・食欲」が人、特に男の「根なるもの」と呼んだという。人間の本質

 的な欲望を五欲というが、水母の共食いは、もっと純粋無垢に生きる姿そのもの

 として、ここでは捉えられている。

    鰯雲胸の奥処の襞にまで        久保 羯鼓

  彼方まで広がるのが鰯雲だが、発想が正反対である。鰯雲が自分の体の奥に

 まで入り込んでくるのだ。しかも「襞」とまで言い切ったところに、鰯雲と一体化

 しようとする生命力を受け止めることができる。

    虫の闇壊さぬやうに閂す        水戸 勇喜

  今を盛りの虫たちの饗宴を邪魔しないように、そっと門の閂を差したというこ

 とだろう。だが、虫の闇そのものに閂を差したとも読めるところが魅力的だ。人

 間はもちろん他のいっさいが入ることできない禁園としたのである。

    耳なくも雨に露草頷きぬ        瀨古 篤丸

  和歌の世界では「露」に重きが置かれ、はかなさが強調される。しかし、実際の

 露草は逞しい花である。その健気に雨に立つ姿が言い止められている。





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