小 熊 座 2021/11   №438  特別作品
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     2021/11    №438   特別作品



        耳朶の音         中 井 洋 子



    うす墨の影になりしが秋の蝶

    接種痕見せあひをれば風は秋

    離りゆく真鯉の韻秋日和

    秋澄むや恋しき距離の山と山

    少年にふと酢の香り九月来ぬ

    うつうつとありゆたかなるいちじく

    秋立つや巴波川ありうづま焼

    つぶやいて白コスモスに囲まるる

    法師蟬声呑むごとく鳴き終る

    この二人なら後の世も冬瓜煮き

    理由(わけ)ありと書かれし林檎照らし合ふ

    オーシツクツク身を穴にして聞きぬ

    生まれつき熱い男の祭笛

    八月のポストの口のなまぬるき

    越路吹雪はのうぜんの生き写し

    昼顔や賞罰無しの身が一つ

    父の日の父は余白の中にをり

    マネキンのくちびる恐し晩夏光

    しもつけの空気の生みしあめんぼう

    声かけあふ男子プールの傾く日



         翼          佐 藤   茉


    思ひ出し翼つくろふ大花野

    身の丈の月光こぼし歩き出す

    みみず鳴くヒツチコツクの映画にも

    秋風や髪を束ねて老いゆくか

    供花とて綿吹く畝の花あかり

    秋声やゆうべの句屑拾ひ読む

    生涯のいつの光や天の川

    靴先の白より花野始まれり

    木犀の墓地に雫れて死者のもの

    落ちこぼれなれど友あり今年米

    カレーパン買ふ新涼の途中下車

    葛の花東京じはり病みゆけり

    穂芒の開き初めたり掲示板

    大映の社壁のゴジラ月に哭く

    月の字の一字に余白月あかり

    かなぶんのおろおろ浮かぶ水たまり

    姥捨の山の足元けむり茸

    弦月を揚げて昨日を遠くせり

    彼岸花老いの途中の一会なる

    曼珠沙華十王在すところかな



        名も無き星      宮 崎   哲


    白壁の前で姉待つ秋日射し

    星飛べり名も無き星の終焉に

    秋日影高層ビルの傍を行く

    白球を追うまなざしの天高し

    秋の川浅瀬に映る顔は誰

    子の如くむしゃぶりつくや西瓜食う

    向日葵に覗かれており胸の奥

    秋夕焼八百屋の前の立ち話

    故郷の空へ繋がる天の川

    地球の軸動かすごとき野分かな

    クレーン工秋日影共吊り上げる

    秋天に連なる貸車を牽く汽笛

    紛争の銃声のあり秋の空

    二百十日アフガン難民山河越え

    葡萄食う一粒ずつの命食う

    籠る日々の画面食み出す大花火

    田園の踏切の音爽やかに

    秋高く不自由という自由かな

    復興とは伝え継ぐこと星月夜

    点検のマンホール蓋開けて秋



        露 草         森 田 倫 子


    臍の緒をつけて渡るか天の川

    満月に鏃を研ぎし父の背な

    秋の風すべて許すと吹きにけり

    ひぐらしや百年経てど人恋し

    声ひそめ蠅取りリボン取り付けぬ

    懐きては背より離れぬ秋の蠅

    右が先か左が先か蠅叩き

    蟷螂の鎌重たげに立ちにけり

    廃屋の庭秋桜のうねりおり

    わが性は雑草のまま秋の露

    満月やわが白骨を透かしたる

    露草の露になりたし光りたし

    坪庭に立つ風のあり十三夜

    飼うのなら月の兎になさいませ

    自販機の音の鈍さも夏果てぬ

    すべからく虫は独りと鳴きにけり

    敗戦の野に繫がれし肥車

    ぬか床を出でて輝く秋茄子

    難問は繰り言にして原爆忌

    大西日子供は皆んな笑ってる



        水の影         武 田 香津子


    電線にかかる夕月梅雨明ける

    ニイニイ蟬の林陽の粒雨の粒

    蜘蛛の子の生まれて直ぐに糸紡ぐ

    老鶯の声誘うごと雨上る

    三光鳥の吊り巣のありて水の影

    読み止しの「女の一生」蟬時雨

    山鳩の声より梅雨明けにけり

    梅雨明ける気配の風のサボン草

    塵埃を逃れるように飛ぶ燕

    山鳩の照葉樹林夏の雨

    雲を呼ぶ蛇はおそらく雨の神

    ふるさとの日雀山雀針葉樹

    河骨やうたたね中のやまかがし

    こおろぎの生まれたてにて草の中

    洪水の大観覧車呑み込む夢

    駿足の雨のたちまち虹を生む

    水陰草にうたたね中の山楝蛇

    未草瞼を開く音のせり

    河骨の水茎暗き水の底

    槍の降るような陽光みんみん蟬





 
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