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2022/3 №442 小熊座の好句 高野ムツオ
大震災からまもなく十二年目を迎える。しばらく大震災に関する特集を組むこ
とができないでいる。私の非力ゆえだが、今年あたりは何らかの企画を立てた
いものだ。
大地への罅を走らす鏡餅 渡辺誠一郎
三月という時節に読むせいというわけではなかろうが、この句の罅から地震に
よる地割れを連想してしまう。「走らす」が動的であるからだ。誰が走らすの
か。それは鏡餅であるという。鏡餅は文字通り神鏡や霊魂を形どった餅であり、
一年の豊作をもたらす神そのものである。つまり、天変地異の恐ろしい厄災も
平穏や安寧もまた同じ神の采配によるという矛盾と真実をイロニーを湛えなが
ら、実にダイナミックな映像化に成功している句なのである。
蛇足になるが、罅割れで吉兆を占ったのは鏡餅よりも亀の甲羅によるものが
古い。古代中国で行われていた。亀裂の語源ともなっている。また、鏡餅は供
えたのち家族で雑煮として食べることが今でもなお古い儀式の名残として私た
ちの生活に続いている。鏡餅を食べることは神の魂を頂くことで、無病息災に
一年を生きる力を神から頂戴することであり、神人共食とも呼ぶ。。奥村彪生の
『日本料理とは何か』によれば、庶民が正月雑煮を味わえるようになったのは
十九世紀以後のことのようだ。さらに醤油が使えるようになったのは十九世紀
後半以後で、明治になっても地方の多くの庶民には醤油は高値の花であって
味噌を主に用いていたという。稗や粟の餅はともかく、みちのくの農漁民が今の
ような醤油味の雑煮を味わえるようになったのは、ほんのつい最近のことなの
である。
産土を摑む走り根去年今年 日下 節子
松か杉の根であろう。縦横に地面を走り根を張っている。大震災の津波被災
地には、あちこちで大きな松が根こそぎ倒され無残な姿を晒していた。必死に
津波に絶えながら力尽きたのである。「産土を摑む」はそこで育ちそこを生涯離
れることができないものの懸命の姿である。
降る雪と話せば時はまぼろしに 浪山 克彦
震災と特段の関わりを持たせて鑑賞することはない。雪国育ちであれば、人
それぞれにさまざまな時空を思い浮かべることができる。だが、やはり、三月
十一日に降っていた、冷たくも美しい雪を思い出す。「話せば」という表現が、
あの日の雪と今眼前の雪とをオーバラップさせる。時間というものの不思議が
言い止められている。
虎落笛明るい未来のエネルギー 春日 石疼
「明るい未来のエネルギー」は福島県双葉町の看板の標語。福島原発の負
の遺産である。昨年から原子力災害伝承館で展示が始まったという。「虎落笛」
に故郷を追われた人の怨念がこもっている。
ぶつかりてああ生きてゐる街師走松岡 百恵
寒雀花咲くやうに飛び出せり 棟方 礼子
根雪とは天から雪を招く雪 佐竹 伸一
獅子舞の海へ海へと行きたがる 阿部ゑみ子
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パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
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