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2022/4 №443 小熊座の好句 高野ムツオ
私事になるが、3月10日から19日まで十日間、千葉県柏市の国立がんセン
ター東病院に入院、治療を受けてきた。病名は初期の頸部食道癌。十五年前、
下咽頭癌の喉頭温存手術の執刀をして頂いた医師を頼ってのことである。病
変の範囲が広く治療方法の選択が難しかったが、おすがりした医師の導きによ
って内視鏡による剝離、通称ESDが可能となり手術して頂いたのである。退院
後の経過も順調で、心配していた嚥下も本人が驚く早さで回復しつつある。今
後、潰瘍部が狭窄する可能性と、病理検査結果による追加治療の可能性が少
し残るが、今のところ深刻な心配はなさそうなので、ご放念いただきたい。
この入院の十日間は、命のあり方について深く教わることの多かった有意義
な期間であった。同時に太陽や木々からエネルギーを頂く方法を正木ゆう子か
ら伝授して貰った。たいして身についていないが。ちなみに手術開始日時は3月
11日午後2時40分頃、手術時間は二時間程。その五日後ベッドの上で福島
県沖の地震に揺さぶられた。磁石体質とは西山睦説。退院の19日はやっと東
北本線が仙台まで復旧した日で、都合8回ほど乗り換え帰宅した。こういう風狂
の旅もあるかと一人悦に入っていたが、同時に、2月27日急逝された、いつも
溌剌としていた佐野久乃さんの面影が車窓に浮かび、言いようのない複雑な悲
しみにもとらわれた。
妻在れば妻と聴きます虎落笛 野田青玲子
安房春光猪鹿のみか羗も啼く 増田 陽一
ふと覚めし雪夜や吾の世の残り 久保 羯鼓
冬晴れや生きんが為の詩をうたう 富所 大輔
私より一回りは長く生き抜いてきた面々である。他にも、山田桃晃、八島岳
洋、丸山千代子、水戸勇喜など、先達は小熊座に多い。とりあえず、四月号の
佳作抄からあげたが、野田の「虎落笛」の凄絶。増田の「春光」の悲傷。久保の
「雪夜」の深淵。富所の「冬晴れ」の澄明を嚙みしめ味わいたい。まさに
それぞれの面構えなり蘆の角 永野 シン
である。翻って、小熊座には若い力も数は少ないが確実に育ってきている。佳
作抄には二十代の二人。
風船を母星に帰らせてあげる 菅原はなめ
彼世にもあれかしバレンタインデー 樫本 由貴
他に、今号では、
亡き祖父の悴む指が夢ならば 岡本 行人
天井に声反響す寒稽古 古川 修治
が二十代。新同人では
辻売りの古着の山へ雪蛍 関口 渓人
囀や前髪を切り過ぎてゐる 𠮷沢 美香
もう一人奥村俊哉も同世代。「小熊座集」の
風呂上がり春光はじく化粧水 鈴木 萌晏
はまだ十代か。この辺と対比すると
おでん食う仲や馴れ初め聞き出しぬ 須藤 結
春光を揺さぶりへりの旋回す 千倉 由穂
それに編集長の及川真梨子や一関なつみあたりがベテランに思えてくるのだ
から、恐ろしく愉快になる。「小熊座」の未来も捨てたものではない。
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