小 熊 座 2022/5   №444  特別作品
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     2022/5    №444   特別作品



        望郷の雪         松 本 廉 子


    ガラス瓶の閃光もあり青き踏む

    三月の海の青さに距離をおく

    本流をそれてまどろむ花筏

    団欒のオセロゲームも桜の夜

    葦火立つ真綿色した静寂より

    歩きけり檪の芽吹く遺跡まで

    太陽から逸ぐれてしまうしゃぼん玉

    蒲公英の穂絮の飛んで音楽会

    言い訳の口唇の色さくらんぼ

    陽炎に総身憑かれ抜けきれず

    オブラートで包みしような梅雨湿り

    控えめに夜を匂えるリラの花

    真夏日の青全開に海と空

    復興の闇から上る大花火

    麗かに砂丘を越える土不踏

    休日をゆるい服着てソーダ水

    選びしは野菊の咲ける裏の道

    栃の木の騒めきあって実をこぼす

    頷いてばかり夕日の枯向日葵

    望郷の雪と重なり濃くなりぬ



      白狼 飯舘村・虎捕山津見神社    唯 木 イツ子


    山津見の神の白狼雪晴れて

    狼の影の恋しや春寒し

    狼の百熊の絵に手を合はす

    火を逃れのがれオオカミ残りたる

    火の記憶あるか狼の白き眼よ

    狼の絶滅の後尾が生まる

    狼の母と子のゐてあたたかし

    飯舘の斑雪野のことに美しや

    風花がふつと睫毛を掠めゆく

    春ショール纏ひて孤独でもなくて

    密かごと吐けよ吐けよと紫木蓮

    つらつら椿女ばかりの宴して

    暇さうな男が過るチューリップ

    まんさくは気を取りなほしては咲いて

    花菜畑ひとりで菜の花浴をする

    朝桜制服の列よく揃ひ

    春愁の端を過りて貨車の行く

        悼 渡邉文子
    春虹の向こうより手を振つてゐる

    ありし日の思ひ出を摘むつくしんぼ

    生きてゐる途中にふつと若葉風



        復た一年         長谷川 克 史


    草の葉の陰に残れる春霰

    剪定の傷鮮やかに樹液落つ

    干拓碑ひばりは天へ堕つる鳥

    マスク買う列もマスクや花曇

    花筏三百歳の堀の端

    迅き雲競ひて猛き出水川

    山は雨わさびの花は「食べられます」

    深くなる梅の実の皺今日も晴れ

    早畑遠い島には豪雨予報

    明易や星自転して波生る

    金床雲あそこが空の境とか

    初盆やクラツチを切る靴硬し

    星繋ぎ日にははらはら羽蟻降る

    観音の祈りの背にも霧重し

    色まばらなるが本意や柿紅葉

    暮の秋ここまで熊が来たとかや

    葉を落とす毎に明るき林かな

    初霰山の便所はまだ閉ぢず

    啼く毎に天球を撃ち白鳥来

    雪灯湯の香の先づは肺に染む






 
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