小 熊 座 2022/12   №451  特別作品
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     2022/12    №451   特別作品



        鉄 路         斉 藤 雅 子


    枯山の狼煙跡なる電波塔

    幽かなる水音冬木の芽の鼓動

    少子高齢化列島鳥帰る

    余震域なんと広大花の冷え

    時計回りに雑巾絞る日永かな

    習い来しヨガを倣えば亀鳴けり

    晩節へお翅黒とんぼの過り行く

    一畝の胡麻刈る漢喪中かな

    父の忌を知らせるように咲く紫苑

    刈田道墨絵のなかを行く心地

    コスモスの揺れに誘われ旅支度

    雁が音やかつてシベリア抑留あり

    石畳の路地に迷いぬ星月夜

    日記書く宵のひととき鉦叩

    温暖化加速のひとつ木の実降る

    猫じゃらし貸農園を遠巻きに

    寄り道の室の八嶋に零余子摘む

    漂泊の心地なるかな芒原

    使われぬままの鉄路や泡立草

    黙食の始まりとせむ新酒酌み




        秋の声         伊 澤 二三子


    くっきり立つ大蔵王秋の声

    若き日の思い出として貴船菊

    雨粒の光ってをりぬ杜鵑草

    古民家の庭を領とし紫苑かな

    夕暮れの刻をとどめて草の花

    門前の夜風に匂ふ新松子

    夜風ふと木犀匂ふ身のほとり

    秋風は木霊の声と思ひけり

    大船渡より届きたる初秋刀魚

    秋の田の一番歌や空の青

    花野にて遠い人影いつかなし

    撫子や日ごと亡夫の思慕募る

    竜田姫さびしき雲の裾を引き

    末枯や古墳の丘の大落暉

    山粧ふ館山観音遠巻に

    息災と子よりメールや九月尽

    堤防の樹の高きより秋の声

    秋風に肩押されつゝ折り返す

    衣被茹でたてのあり祖母の声

    縁側の木椅子にもたれ生身魂




      シャルルアンリ・サンソン    水 月 り の


    夜ノ森のさくら見上げて青い魚

    ご希望のボタンにあらず蝸牛

    ラドリオのギロチン飲み干す夏の午後

    白の闇貫く銃声油照

    サンソンの薔薇を踏んではなりませぬ

    雨雨雨傘もささずに小鳥来る

    オペラ座の怪人紛れハロウィン

    白鹿とアントワネットの赤い靴

    魔術師に林檎をひとつもうひとつ

    魔界入り難く降りしきる青い雪



    人は生まれてくる環境を選ぶ事は出来ない。代々続く死刑執行人の一族に生まれ

    偏見と差別を受けながら、マリーアントワネットら2700人以上を処刑さぜるを得な

    かったシャルルアンリ・サンソン。彼は、むくつけき大男などではなく、容姿端麗にし

    て優美、教養豊かな紳士であったそうだ。

     本当はやりたくない仕事を、国王のかわりに正義の剣をふるうのだと無理に自

    分を納得させ、苦悩しながら職務を執行し続けたサンソン。

     一貫して「居場所のない人」に向けて創作してきたという柳美里さんが、執筆中

    の「J R 常磐線夜ノ森駅」の中で「悲しみを抱えていなければ出合えない美しさを

    描く。」と語っていた。ひょっとしたら、サンソンは、おぞましきものと同時に崇高な

    魂の世界も垣間見ていたのかもしれない。晩年サンソンが育てていたという薔薇

    の花は、星の王子様も驚く程美しかったかもしれない。          (りの)





        菩提樹の香        伊 藤 浩 子


    八十路超ゆ身に耐へ得るや夏の旅

    ドナウ今天へ呼応し夏に入る

    ボヘミアの野は麦熟るる明るさに

    菩提樹の香やほの暗き王妃の間

    疫病の記念塔に天使星涼し

    石畳濡れ修道院の夏の闇

    白鳥座確かむ古き天球儀

    国々に侵略の過去油照り

    革命は静かなるべし青りんご

    旅惜しみけり家苞に黒ビール



     この旅を娘と計画しながら、コロナ禍中だし八十四歳だしと内心迷いがあった。

    しかし、最近の体力と記憶力の衰えを思うと生涯最後の外国旅行になるだろうと

    予感し、次第に是非行きたいという思い方が強くなった。

     思いがけぬコロナコロナで二年も延期となったが、今年六月思い切って出発し

    た。念願のウィーンフィルをウィーンで聴くことやドナウ河・ヴルタヴァ河・ドボルザ

    ーク・ベートーベン・スメタナ・クリムト・ミュシャ・美しいプラハの街etc.。

     老化した脳がパンクする程に満喫できた。おまけにドン・ジョバンニまで観劇でき

    た。

     ウィーンも素晴らしかったが、プラハの町の石畳の摩滅に侵略に抵抗してきた歴

    史を思い、プラハへの恋に夢中である。

     想定外の出来事で一週間延長して三週間の旅となったが八十四歳の体力に自信

    が付いてしまった。                         (浩子)






 
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