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  小熊座・月刊


   鬼房の秀作を読む (149)    2023.vol.39 no.453



         地にもぐるもろごゑ雪の精を享け

                              鬼房

                        『潮 海』(昭和五十八年刊)


  凝縮した表現の分、意味が拡散して鑑賞者泣かせである。

  まず形式上、どこに句切れを置いて読むか。(A)上五で切れる。この場合、地にも

 ぐるのは私。寒くて風の音が強い日、地下道や地下鉄にこれ幸いと入ったか(山中、

 雪洞を掘ってビバークという線もあるが特殊すぎるので却下)。(B)中七の半ばで切

 れる。この場合、上の句と下の句の関係は(B1)倒置法だろうか。つまり、もろごゑ

 が雪の精を授かって地にもぐる。それとも(B2)飛躍しているのだろうか。この場合

 は、地にもぐるもろごゑと、雪を楽しむ作者が対照されていることになると思う。

  三つの選択肢を内容面から考える。「もろごゑ」。諸声。雪しまく風が枝を鳴らす音

 も、けだものの遠吠えも、人間たちの出す音も、もろごゑだ。つまり様々な空気の振

 動、形なき現象である。「雪の精」は雪に宿るやはり形のないアニマ。とすると、私は

 両者を結びつけて読みたい。これで(B2)は却下。では、「もろごゑ」の舞台は、

 街か、山か、野か。「雪の精」という神秘的な表現が出てくるからには、私は、もろご

 ゑも人里離れた場所の音、特に山の声と見たい。凍らない川の音、雪垂り。そうした音

 を鎮めるように、無音で降る雪。山が、雪の精を授かっている。それらを一切巻き取る

 ような風が音を立てて吹き去り、谷や地の窪みにもぐるようにして、消える。私の解

 釈は(B1)である。

                      (浅川 芳直「駒草」「むじな」)



  厳しい冬に対峙する者は、雪景色の中の動物や植物或いは山で働く人間も、雪山に

 響く凍裂の音に耳を傾け、循環している大地という存在の機能美を感じて生きている。

 自然の醸成する所作とはことごとく美しいものだ。「地にもぐるもろごゑ」とは、それ

 ら全ての生命の循環の合理的調和であり、祈りとの親和性も高い。「雪の精を享け」

 では鬼房のほとばしるエロスさえ感じられる。四辺にもろごゑが充満しながら――静か

 である。カンジキが雪を踏む音のみがひびく。踏みこむ先には草や木の根の気配が濃

 くあり彼は土の温みを想う。また冬眠の熊を想う。

  熊が冬眠する穴は居心地よく作られているらしい。床には乾いたササの葉が丁寧に

 敷かれ、土壁は温みがあり、暗く狭い空間だが案外快適なようだ。人ならば火を焚き、

 雪まじりの隙間風をやりすごさなければ生きられない。しかし熊は冬期をぬくぬくと眠

 って過ごす。目が覚めて穴蔵を出れば、柔く旨そうなフキノトウが顔を出している。

 そう、もう春だった。

  鳥や虫や獣も植物も、ありとあらゆるもろごゑたちの生命の爆発と快楽。しかし少し

 離れた場処には、今にもそれらの生命を奪い去ろうとする別の自然がある。

  雪原で彼は音をたてぬように深く鼻から息を吸う。冷気は鼻毛と気管を凍てつかせ、

 氷塊のごとく体の中を滑り落ちてゆく。それからゆっくりと細く息を吐く。集中する鬼

 房の儀式のような肉体と精神の浄化である。

                                 (森  青萄)