小 熊 座 俳誌 小熊座
高野ムツオ 佐藤鬼房 俳誌・小熊座 句集銀河星雲  小熊座行事 お知らせ リンク TOPへ戻る
 
  
  小熊座・月刊


   鬼房の秀作を読む (157)    2023.vol.39 no.461



         飢ゑはわがこころの寄る辺天高し

                              鬼房

                           『枯 峠』(平成十年刊)


  「飢ゑ」が「こころの寄る辺」であるとは、どういうことか。心の支えとしてある

 「飢ゑ」とは、いまそこにある飢餓感なのか、それとも、かつての飢餓の経験か。掲句

 は平成に出版された句集に所収だから、今現在の肉体的な空腹は考えにくい。そう

 すると、今抱える心の飢餓感か、あるいは、過去の心または肉体(あるいはその両

 方)の飢餓体験が心に与え続けている影響ということだろうか。

  伝記的事実で言えば、佐藤鬼房は1930年代の東北地方を襲った冷害による大

 飢饉を経験しているはずである。また、太平洋戦争ではいわゆる南方の島で捕虜に

 なっている。島の食糧事情が良いはずはないだろうから、ひどい飢餓を経験していて

 もおかしくはない。そのような、肉体に刻まれた過去の飢餓感を、文字通りハングリ

 ー精神としてその後の生きるバネとすることは、一人の人間の人生としてありえなくは

 ない。そこに〈佐藤鬼房〉という人格をドラマティックに仮構することは可能だろう。

  しかし、もしそれだけならば、この句は、当時の飢饉や戦争経験者の類型を出な

 い。そのような句を鬼房が詠むだろうか。絶えず「飢ゑ」を希求する唯一無二の意

 志が己の肉体に宿り、秋晴れの空の下にある。釈迦の「天上天下唯我独尊」の如

 く、世にある我の尊さを、普通ならネガティブな「飢ゑ」に見出した句とみるのは、言

 い過ぎだろうか。                      (橋本  直)



  「天婦羅食いてえな」。七月の土の会で、鬼房がこうつぶやいた話を聴いた。消化

 器系を摘出し、好物の天婦羅を禁じられていた。こうつぶやいては、我慢することも、

 少しつまむこともあったという。何とも愛らしいエピソード。

  掲句は平成九年、七十八歳の作。翌年刊行の『枯峠』の帯文に「いま私にとって大

 切なことはハングリー精神だ。風雪に耐え、遥かなるものの声を聞き、飛翔願望に賭

 ける」との言葉の引用がある。その思いが素直に表された一句は、天婦羅を欲しが

 る童のようなつぶやきと重なった。鬱屈の只中であったとしたら、残らなかったかもし

 れない。貧困や病の身を自虐し、詩へと昇華した鬼房。食べ物や健康といった命を

 つなぐものへの飢ゑを抱えつつ、それを抱えて生きる矜持が詩心の柱でもあった。

 掲句はそうした飢ゑを、柱や旗や糧といった確たるものとせず、曖昧に「こころの寄る

 辺」という当たり前に添うものと詠んだ。飢ゑの正体もぼんやりとしている。

  きっと、ここでの心の重きは「飢ゑ」ではなく、「天高し」にある。つまり、句作に

 おいて一層の高みを目指す飛翔願望。澄んだ空を仰げば、故人となった句友や理解者

 の顔も浮かぶことだろう。彼らに向けたつぶやきの一句であったかもしれない。「北

 溟ニ魚有リ盲ヒ死齢越ユ」も同じ年の作。表現方法は全く異なるが、同じ心持から成

 ったものと私には思える。                  (松岡 百恵)