小 熊 座 2023/12   №463  特別作品
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     2023/12    №463   特別作品



      仮想空間      大河原 真 青


    天空に残夢のありぬ松明あかし

    しぐれ来る一草一木この身にも

    沈む日の残心を引き牡丹焚火

    冬の大三角形ジャズ流るる

    天狼の遠吠えの来る雲間より

    自転せるブラックホール竜の玉

    十二月八日街角にはピアノ

    ラグビーの薬罐を持てり罔象女(みずはのめ)

    少女らの凱歌の立てり冬の空

    始祖鳥の裔ふところに山眠る

    廃船へ浜の砂飛ぶ冬至の日

    笹鳴や被曝の町はしろがねに

    藻屑火の人気(ひとけ)なき浜冬転がる

    着膨れてモホロヴィチッチ面の上

    処理水の出口は陰部年送る

    柔らかき声のこぼるる初湯かな

    月氷る貧毛類は土深く

    胡獱(とど)の声夜空をわたる凍のなか

    仮想空間(メタバース)に浮いては沈むかいつむり

    現世の旅はどこまで冬桜



      秋 風      田 村 慶 子


    一面に靡くや秋の麒麟草

    草の露戸口に箍の古祠

    秋風の吹き溜り荒脛巾神

    伊達様の蹄の音か赤のまま

    秋風は杉の闇へと丹の鳥居

    おむすびころりんと秋の麒麟草

    野分して千切れ飛ぶ葉や旅の神

    時空越え祠現わる野分なか

    浜菊は崖のみに咲くと思い来し

    浜菊や島の港の今頃は

    バスの背を見送るばかり秋の雲

    笑うしかないから笑う草の花

    婆二人ひとりは秋の風でした

    神鈴の音沈みゆく秋の水

    一匹の鯉を名付けて水の秋

    秋の水忘れてもいい傷なので

    曼珠沙華存分に赤咲き尽くす

    彼岸花村のはずれの高みかな

    戦争を誰も止めない神の留守

    魚捌きし俎の傷秋の水



      秋深む      志 摩 陽 子


    皮剝けば真白き肌の衣被

    虫の夜や日記に三食メニュー記す

    母の忌に続く姉の忌秋深む

    失せがちな気力体力秋愁ひ

    社より笛の音秋の深まりぬ

    一句だに詠へぬ我に鵙猛る

    庭木々の枝奪ひ合ひ小鳥来る

    釣瓶落し訃報の回覧板届く

    今日はもう還らぬ日なり新走り

    庭の花育てし夫と秋惜しむ


     退く時は

  よく晴れた一日を、横浜市大病院の定期検査に出掛けた。心臓弁膜症の手術

 を受けてから、四十年近くになると沁み沁み思いながら歩を進めた。検査結果は

 良好とのことで、ひとまず安堵したが、この先幾度この道を自分の足で通院出来

 るかと、少しばかり不安がよぎった。担当医師も次々と代わり、執刀して下さった

 医師と出会うことはない。今回は、若い女性医師であった。昔に比べると女性が働

 きやすくなった表れとつくづく感じ入った。

  病後に出会った俳句が、私に生きる力を与えてくれたことは、何よりも励みとなり

 喜びとなってより、今日に到っている。

  この先の人生がどれだけ残されているかは計り知れないが、「今日、この一日の

 命の詩を綴りたい」と願っている。

  つたなくても良いから、心からの詩をと願いつつ傍らに歳時記と句帳を置いている。

                                       (陽子)






 
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