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  小熊座・月刊


   鬼房の秀作を読む (160)    2024.vol.40 no.464



         静まらぬ一魂魄や地に枯葉

                              鬼房

                         『何處へ』(昭和五十九年刊)


  「一魂魄」を読み流せず、『佐藤鬼房俳句集成 第一巻』を開いて前後の句を確認

 してみた。掲句は「右城墓石・津田清子たちと伊豆沼・平泉などを巡る 十九句」と

 詞書のある作品群の一句。

   覇者の地に山茶花の白まぎれなし

   静まらぬ一魂魄や地に枯葉

   毛越寺時雨れゐて夕茜さす

  前後の句を合わせて読むと、「静まらぬ一魂魄」とは、中尊寺金色堂に安置され

 た藤原氏四代の遺体のうち、一人だけ胴がなく首級が安置された泰衡の魂か。

  いや、一句独立の観点で見ると、泰衡の魂と取る必要はない。むしろ、眼前の景

 色に何かざわついたものを抱えた鬼房自身の魂と読みたい。蝦夷の裔を自認した

 鬼房自身の魂が、永遠の眠りについたかつてのみちのくの覇者を前にかき乱され、

 静まらない。

  奥州藤原氏の栄華は金色堂をはじめわずかな遺構から伺われるのみ、繁栄は地

 に落ちたが、死者たちの魂は天上へ消えて久しい。然るに生者たるわれわれは、枯

 葉のように地に這いつくばっても、生きているかぎり、地に還り、天へ昇ることはでき

 ない。生と死は、詩の永遠のテーマ。そこに季節の横軸、歴史の奥行が加わった一

 句と言えようか。             (浅川 芳直「駒草」「むじな」)



  1983年の作。この年、二月に句集『潮海』発刊、三月に退職、七月に高柳重信

 死去、八月中村草田男死去と個人的にも俳壇的にも節目の年であった。重信に対

 し、追悼句七句。草田男に対し、追悼句一句と追悼文。両者への俳壇以外での関

 係が垣間見られる。重信への追悼句の〈絶巓のああ天の弓毀れたり〉は、重信の

 〈身をそらす虹の/絶巓/処刑台〉の句へのオマージュ。〈陽はありき十九の夏の

 小石川〉は〈われら皆むかし十九や秋の暮〉の句へのもの。小石川は鬼房の上京時

 に住んだ地であり、重信の生まれ育った町である。鬼房は上京するも夢破れ、十九

 で帰郷している。重信は十九歳に肺結核を発症し、同じく夢を絶たれている。十九

 歳への思いが二人を繋ぎ合わせている。そして、伊豆沼・平泉行の掲句の二句前

 の〈枯ポプラ聳えて沼を遥かにす〉は、小石川植物園のポプラを思い出させる。

  吟行句中、白鳥句が十二句。白鳥は、『古事記』では天の磐船という神の乗る船で

 あり、また死者の魂を冥界に運ぶ。人の心や霊性に深くかかわる精霊の宿る鳥であ

 る。

  句作品、評論、編集と幅広い活動を行い、急死した重信。その告別式に鬼房は上

 京している。業半ばで亡くなった友への思いが句群の中から滲み出ている。

  この句は、その夏に亡くなった心の中のライバル、高柳重信への哀悼の句ともいえ

 よう。                             (後藤よしみ)