小 熊 座 2024/8   №471  特別作品
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     2024/8    №471   特別作品



      老残四季拾遺      増 田 陽 一


    天井まで鯨の吐息安房鴨川

    吊されて牡蠣の順列何語る

    鳩羽色の寒空鳩の剝がれ落つ

    大屋根に春夜の猫か木菟か

    春遠し山茶花の血潮とどまらず

    わが動悸春の昴に伝ふべし

    「憂鬱の魚」なり寒鯉ならば楢

    寒風に火傷しており故園の書

    啓蟄や杖曳けど遠き鷹の森

    蝙蝠の羽根の震へや日の訣れ

    蝙蝠のたどる均衡闇ふかし

    手賀沼の沖や褌の白樺派

    たんぽぽや山羊が頭突きのワンピース

    Gパン破かれ向日葵まる見え

    敗戦の近き日印南に鯖買ひに

    噴水の円周までのかたつむり

    殖え止まずどくだみの根の緯度経度

    上空に飽き夏雲雀落ちまくる

    金柑の刺見て揚羽近づけり

    杖が支へるダリの時計や秋麗



      アマリリス      大 西   陽


    蓮根の穴より花見小路かな

    さみしいと言えぬ男や時鳥

    はじまりは修司の詩集アマリリス

    地下街は無声映画よ百合匂う

    賤ヶ丘麝香揚羽の乱れ飛ぶ

    落城の色を尽くして夏薊

    かなかなや城を追われし姫のこと

    かたつむり一人遊びのその果てに

    極まりて慟哭の色アマリリス

    一人では広すぎる家ほととぎす

    コンテナの仮設住宅雲の峰

    ミルフィーユ一枚はがし夏に入る

    猫のひげ垂直に伸ぶ更衣

    ほととぎす所詮他人と言う他人

    月光に吸われるごとく蛇交む

    雄しべ取られし白百合の白薄れ

    夏の風邪白狐に化けている途中

    臆病のかたまりとして牛蛙

    サスペンス映画とテーブルのオクラ

    天牛や休む人なき島の午後



      珈琲とラジオ      須 藤   結


    星々の宿なる躑躅咲く夕べ

    今朝の貘菜の花畑に隠れけり

    病室や虹の始まり見ておりぬ

    同じ日のない普通の日あめんぼう

    時報聞く嘘寝のまぶた蜥蜴消ゆ

    梅雨の闇おにぎり余るし疲れるし

    蝸牛独りが好きと増えにけり

    山削る機械はみどり二重虹

    夏来る白の洗濯物一同

    地球儀に子が集まりし帰省かな

    ひとしずく残る珈琲飲む驟雨

    モルヒネはガラスの響きソーダ水

    ため息の粒一つ浮く金魚鉢

    熱帯夜ラジオが悩みを話しをり

    幼虫は一度死にゆく夏の月

    車椅子からブブゼラと夏帽子

    初恋は寺の娘だとか冷奴

    炎天に生きる力を返しけり

    ビデオから若き声あり昼寝覚

    父の家具捨てて和室の大西日






 
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