小 熊 座 2024/9   №472  特別作品
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     2024/9    №472   特別作品



      夏帽子      松 本 廉 子


    沙羅双樹の花を見たこと人に告ぐ

    青柚子の雨のいよいよ青かりき

    硝子ペン薔薇の深紅を生み出せり

    小雨やむ病葉踏んでいるリズム

    朝虹に罅入る如く患いぬ

    短夜や別れの言葉探しおり

    海鳴りの届かぬところ八重葎

    日照雨なにかがおこる予感せり

    烏柄杓青くらがりを住処とす

    河骨の花すっきりと立つ力

    林間学校まっすぐ谺招き入れ

    栃の実の両手にあふれ光りあう

    白詰草癒やしを求め住みし街

    地滑りを生きし棚田の曼殊沙華

    男とて選びし苦楽朴の花

    賑わいの紫陽花坂で逸れけり

    花あかしや風の過りて香をのこす

    八十路にて静かな疲れ桐の花

    野に出て渡良瀬橋の大西日

    雨上がりの海をたずねる夏帽子



      風船かづら      坂 下 遊 馬


    一つだけ空より高くしやぼん玉

    薫風や未完のメール残し逝く

    思い出は風船かづらにしまい込む

    蓮見舟二人の影の消えてゐる

    遠雷や友の記憶を紡ぎ出す

    生きてゐるやうな死顔大夏野

    青時雨早稲田通りを一人かな

    青時雨古本街を一人かな

    永訣や夏鶯の啼きやまず

    「珈琲ショパン」の古き扉や夏の雨


     一枚の卒業写真

  大学の卒業時、友人と三人で撮った一枚の記念写真がある。大学界隈の写真館

 で借りたアカデミックガウンを纏っている。一人は宮城の若柳町、もう一人は東京出

 身。その二人が五月二十五日、二十八日相次いで逝去した。死因は循環不全と肺

 炎。いまでも信じられずふわふわした感覚の中にいる。昨夏、二人と岩手から駆け付

 けた友人と四人で、伊豆沼の蓮見舟に乗船し、旧交を温めたばかりだった。

  就中、東京の友人とは近年東京ぶらり旅を楽しんでいた。一月には飛鳥山公園から

 関口芭蕉庵まで歩き、途中、雑司ヶ谷霊園の漱石、夢二、乙字の墓を訪れた。三月に

 はニコライ堂から湯島の聖堂、神田明神、湯島天満宮、根津神社、森鴎外記念館まで

 四時間程歩いた。

  今年は二人が出会って五十年目、六月には友人のいる鹿児島、北九州など九州を巡

 ろうとした矢先だった。自ら希望した夜間高校の英語教師をリタイア後、テニス三昧の日

 々で健康第一、人生を楽しもうが口癖だった…… 「サヨナラ」ダケガ人生ダをかみしめて

 いる。                                         (遊馬)




      新生      一 関 なつみ


    テディベアはみ出している大朝寝

    紫陽花の「あ」は偶発の新生児

    ふるさとの風にくるまれ捩花

    魂蔵(たまくら)な枕を捨てて梅雨に入る

    すれ違う無音野外のごきぶりは

    夕涼や黒紫の脚辺りから

    ママチャリの声朗らかに皆日焼

    半夏生親より長き子の睫毛

    鉛筆の謳い文句に紙魚走る

    ショートカットキーより猛暑また猛暑


  仕事やら生きる事に精一杯になっていたら、あっという間に三十代になっていた。その間

 に真梨子さんが編集長に就任されたり、同年代が句集を上梓したりしている。自業自得な

 がら立ち止まってしまった自分自身にどうしようもなさが残る。社会人になって指摘されたこ

 とは多々あるが、衝撃だったことは「嚥下が下手( 口の中の舌を置いている位置がおかしい。

 舌の位置って何だ)、奥歯の食い縛りがひどい(肩凝り頭痛に影響する)」「歩くのが下手(しっ

 かり蹴り出せておらず疲れやすい歩き方をしている)」と、四半世紀以上生きてきて歯科医と

 整体師から言われた。なるほど。だから余計疲れているのか。昨年の夏以降は父が長年の

 不摂生の末倒れ施設を探し、妊娠出産も重なった。どうやら人生のイベントはまだまだこれか

 らが本番らしい。今は初めての育児に夫婦で悪戦苦闘している最中だが、唐突にぽそりと降

 り立つ俳句を書き留める努力をしていきたい。                 (なつみ)






 
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