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  小熊座・月刊


   鬼房の秀作を読む (170)    2024.vol.40 no.474



         寒林におのれ響いて透きとほる

                              鬼房

                       『愛痛きまで』(平成十三年刊)



  葉を落とし尽くした裸木ばかりの寒々しい林。辺りにはしんと張り詰めた冷たい空気

 が漂っている。そんななかに身を置いた作者の感慨が詠まれている。

  「おのれ響いて」、これだけを見ると、今ここにしかと我ありという実存の凛々とし

 た表明のように感じられる。周囲の冬枯れの寂しい景と「おのれ」とを、対照的なもの

 として把握しているかのようだ。

  しかし、「透きとほる」と続くことで、その力みがふっと抜ける。周囲の自然に溶け

 込む、同化するというのではない。あくまで「透きとほる」のであって、実存の響きは

 消え失せることなく、寒林の木々の間にひそかに満ち渡るのである。

  この句は『愛痛きまで』の「祖靈抄」に収められている。平成12年、あるいは13

 年作の、最晩年の句である。「生涯、病を幾つも抱えていた身にとって、死は常に背中

 合わせにあった」と『佐藤鬼房の百句』(渡辺誠一郎)に書かれてあるが、やはりこの

 「透きとほる」という感じ方にも、死への敏感さ、遠からぬおのれの死を意識する気持

 が、反映しているのだろう。

  あたかも直立した寒木のような、甘えのない透徹とした精神の在りようが、この句の

 高い調子から感じられる。

                            (村上 鞆彦「南風」)





  平成13年、鬼房82歳の作。落葉樹が葉を落とし尽くした冬の木立。まだ雪は降っ

 ていないが、深々とした寒気に包まれている。どこからか、かーんという凍裂の音が響

 く。それはまるで自分の内部から発する音のようにも思われる。「おのれ響いて」とい

 う表現から、寒林と一体化し寒林の音に共鳴する作者が見えてくるようだ。枝や実や

 葉などすべての飾りや意匠を落した、無垢そのものの樹木。透き通るような冬の光、

 寒月の明りに照らされて、樹木は冬の厳しい寒さに堪え、静逸さをたたえている。作者

 もまた病を得て死に向かう中で、「透きとほる」ような静逸さに到達したのかもしれな

 い。

  掲句の少し前に〈体透くわが革命のテロリスト〉という句がある。「故友を偲ぶ」と

 前書きされた〈島津亮とは帯電の秋螢〉の句に続く俳句である。島津亮は、『愛痛き

 まで』の上梓された平成13年の前年に亡くなった俳人である。鈴木六林男の「青天

 」を通じて西東三鬼を知り、師事し、関西前衛俳句運動の中心の一人になった俳人だと

 いう。鬼房にとっては「わが革命のテロリスト」であったのかもしれない、と考えるの

 は深読みのしすぎだろうか。「体透く」という表現が、掲句の「透きとほる」に通ずる

 ものがあるように感じられるのだが・・・。

                                (杉  美春)