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小熊座・月刊
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鬼房の秀作を読む (172) 2025.vol.41 no.476
水鳥のその思ひ羽を初夢に
鬼房
『枯 峠』(平成十年刊)
夢は睡眠中に体験される主に視覚的感性的心像である。古代人にとって夢は神の
声であり、神の聖意を伝えるものであった。洋の東西を問わず夢解の専門家がいた
が、日本では法隆寺の夢殿がよく知られている。この夢占いの系譜は庶民の伝統と
して古くから見られたが、その関心は〈初夢〉の習俗を生み出すまでになった。
〈水鳥〉という概念の外延は曖昧であるが、一般的には水辺に生息する鳥の総称
とされている。鳥類中最も美しい飾り羽(思ひ羽)を持つ鴛鴦(雄)もその範疇に
ある。
〈水鳥〉〈思ひ羽〉は冬の、〈初夢〉は新年の季語。一見季重なり句のように見
えるが、〈水鳥〉〈思ひ羽〉は夢の中の映像。また〈水鳥〉は〈思ひ羽〉に掛って
いるので、〈初夢〉の空間を占めているのは〈思ひ羽〉ということになる。〈水
鳥の〉は浮寝などの枕詞でもあり、〈思ひ羽〉は詩文では夫や恋人を思う心にた
とえられている。下五の〈に〉が揺曳する余情は、作者が未だ夢から醒めやらず
〈水鳥〉の如く漂っている夢現と重なり合う。 吉夢の代表には「一富士二鷹三
茄子」があるが、このカラフルで美しい〈思ひ羽〉の愛の夢は、初夢合わせによ
って吉と判じられるだろう。
盗汗かく雪を煮る夢ばかり見て 鬼房
春蘭に木もれ陽斯かる愛もあり 鬼房
(髙澤 晶子「花林花」)
年の始めには縁起のいい夢を見たい。富士、鷹、なすびがベストスリーだ。富士
は不死。人は死にたくない。一年を生き、次々と一年を生きて行きたい。できれば
高い成果をあげたい。鳥は高く舞い上がり、見はらしがいい。なすびは、成す。な
らば那須の夢でもいいかもしれない。年齢が大きくなり夢や希望は小さくなって
も、残る日々を苦痛なく過ごしたいし、さわれる愛がありがたい。そこで思い羽で
ある。オシドリや鴨などの繁殖期の雄の派手派手な羽。愛されたい思いは、愛す
る気持ちと同じだ。なぜ雄だけ色づくのか、たぶんそこは男女平等でなくていい
のだろう。
仲むつまじい夫婦をオシドリ夫婦というが、オシドリは毎年相手を変えるらし
い。生命の重要な使命は、子孫を残すことだ。すると、年をとった命の意味は心細
い。井の頭自然文化園の観察によると、繁殖の力のなくなった鳥も、つがいにな
り、その際きらびやかな羽は関係なく、去年の相手とペアになったという。まさに
オシドリ夫婦だ。
鳥への憧れは鳥に近づく。憧れの対象と同化していく。ジョン・レノンに似る人
は大勢いるし、さかなクンは最早さかなさんだ。
早めに眠り、見たい夢。富士と鷹、あるいは鶴亀宝船。那須高原に光る羽。
新年あけましておめでとうございます。
(遅沢いづみ)
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