小 熊 座 2024  高野ムツオ  (小熊座掲載中)
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     2024年 10月  秋 風    高 野 ムツオ


    灼けてこそ蟻は蟻なり眼も灼けて

    戦死者忌ならぬ日はなし蠅集る

    夏の雲あれは少年期の寝息

    窓際のボトルの水も夏休み

    天地に境などなしソーダ水

    炎天の末の松山こそ寄る辺

    墓参り楽し落蟬踏みながら

    捨てるべく本を縛れば雷鳴す

    梨剝けば梨月光を滴らす

    顎を断崖として桃の汁

    錠剤が食道通過中や虹

    沈みたる龍のかたみか新豆腐

    秋風のことのみ語り秋の風

    蟻の眼はどれも天体秋の風

    タラリアも板金剛も秋の風

    秋風が線刻したる多島海

    わが顔も龍宮帰り秋の風

    鼻先に秋風後期高齢者

    蛻より殻をいたわり秋の風




     2024年 9月   生 絹    高 野 ムツオ


    沫雪や見知らぬ街の見知らぬ河

    よじ上る蛆の筋力春の空

    指で丸描けばそれが春の雲

    動き出す前のはらわた春の池

    泥の中湧き出る泥や聖五月

    一枚一枚いずれも舌ぞ夜の若葉

    夏山のあれが上腕二頭筋

    一束の生絹放れば夏の川

    墜栗花穴体温計を差してみよ

    黒曜石鉱脈として緑夜あり



     2024年 8月   薔薇迷路    高 野 ムツオ



    ずぶ濡れという快楽あり薔薇迷路

    出港をしたくて薔薇が首を振る

    薔薇園に続く霊園雨滂沱

    薔薇の蔓以つて地球を覆うべし

    花仰ぐ今際と同じ口を開け

    蟻が蟻殺す桜は満開に

    人の世は異界桜の降り止まず

    テレビ画面の飢餓の子供とお雛様

    修羅の声なれど美し夜の白鳥




     2024年 7月   地吹雪    高 野 ムツオ


    地吹雪は能登の声なき慟哭か

    波立てて傾く海や夜の蜜柑

    わが外套今も津波が膨れ出る

    白狼に続く百狼その残像

    一羽ごと日輪蔵し寒雀

    寒雀膨みたるは羽毛のみ

    我らには国などなしと寒雀

    雀には雀の喪あり寒日和

    寒鴉眼ひらけば飢餓少女

    糞掃衣曳いて車道へ寒鴉

    寒濤を潜る鳰の目忘れるな

    寒夜の宴まずは焼蕎麦てんこ盛り

    寒中養老謎肉という肉を喰い

    成人の日の青空が雪こぼす

    風花は鷹に毟られたる羽毛

    飛ぶ時は海かけて飛べ臥竜梅

    沫雪や厚油揚に浮く力

    春の雲かの切株が浮かべしか

    ぎしぎしと春田百枚みな翼

    雛の日や老いて何れも同じ顔

    年たけてなお熾んなれ遠山火

    紅梅や蝦夷に血筋などはなし




     2024年 6月   虎落笛    高 野 ムツオ


    福笑い大きな影がうしろより

    プレート上双六の賽転げても


      
能登半島地震七句

    年首畏し能登に地震ふる津波来る

    潰れたる家に雪暗のしかかる

    雪起し死者も起して戻すべし

    堰切つて雪降り出せり能登国

    寄せ来ては藻掻き悶える波の花

    虎落笛魂振りせんと海へ出る


    地吹雪や能登の声なき慟哭か


    波立てて傾く海や夜の蜜柑

    わが外套今も津波が膨れ出る

    白狼に続く百狼その残像

    一羽ごと日輪蔵し寒雀

    寒雀膨みたるは羽毛のみ

    我らには国などなしと寒雀

    雀には雀の喪あり寒日和

    寒鴉眼ひらけば飢餓少女

    糞掃衣曳いて車道へ寒鴉

    寒濤を潜る鳰の目忘れるな




     2024年 5月   桃の木    高 野 ムツオ


    餡パンに臍の緒はなし雪の暮

    抱くならば原子炉にせよ雪女郎

    雪嶺に超特急が停車する

    雪嶺へ桃の木全裸もて応ず

    雪の富士よりも老母の握り飯

    溶岩が出る五体欲し雪催

    桃の木と墓と冬日に混浴中

    冬星座回れる音に耳澄ます

    白鳥と芥寄り添い年惜しむ

    白鳥の声映るまで眼鏡拭く




     2024年 4月   干 柿    高 野 ムツオ


    団子虫冬日塗れの土塗れ

    団子虫龍の玉より丸かりき

    団子虫団子をやめて冬日へと

    糈米(くましね)も霜を被りて道祖神

    干柿の甘さ此の世になき甘さ

    干柿は祖母の垂乳や食いちぎる

    動輪が回る冬日の力もて

    痩せ畑に凍る山影荒凡夫

    初雪や老斑にまず二三片

    珈琲を挽けば零れるように雪



     2024年 3月   山 襞    高 野 ムツオ


    目が疼く桜紅葉を踏みしゆえ

    冬蝗触角のみで生きている

    血族は絶え涸川の音残る

    忘年の波音ついに炎なす

    年守る燈北上川を氷らせて

    きらきらと川歳晩を歌い出す

    垂乳根の御慶金泥塗るごとし

    山襞を風渡り来る福笑い

    草石蚕に海の暮色がのりうつる



     2024年 2月   氷 る    高 野 ムツオ


    年を守る燃料デブリ玉と抱き

    初日受く津波襲来沃野の隅

    原子炉の垂氷初日が潤み出す

    塹壕に微睡む兵士嫁が君

    空飛べず毛布も被る幼子も

    似て非なり瓦礫煉瓦と寒の餅

    雪片の空爆なれば口を開け

    小正月水蠆も蛟龍も来て遊べ

    金屏に悴みてなお荒蝦夷

    国家とは人家にあらず氷るなり



     2024年 1月   穭 穂    高 野 ムツオ


    雲に乗りたしと穭穂震えおり

    蓑虫の声蓑虫が消えてより

    毛糸玉蟇の寝息がする方へ

    寸秒に長短のあり初時雨

    黄落を詰めるトランクないものか

      
城之内ミサ
    冬の星叩き擦りて弾き吹く

    凝り過ぎの首を回せば寒の星

      
吉増剛造展
    詩狼疾駆す言葉を砕き言葉生み

    歳晩へ鳶も雀も鴉らも



   
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