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 小熊座・月刊 
 


   鬼房の秀作を読む (103)      2019.vol.35 no.407



         弘前は天守を泛べ花万朶          鬼房

                                   『半跏坐』(平成元年刊)


  詩歌文学館賞を受賞した第九句集『半跏坐』(平成元年刊)に収録。あとがきに60歳

 後半の小熊座創刊主宰(昭和六十年)、胃膵臓等の切除(同六十一年)の時期で、私

 の精一杯の作品と述べる。掲載句は昭和六十年の作で、弘前行との前書はないが、

 〈たどり着く南津軽や花重た〉〈弘前は天守を泛べ花万朶〉〈百沢に雪を残して桜かな〉

 〈森番のかくも痩せたり杉花粉〉の句がある。

  みちのくの風土性又社会性を弱者の視点から詠む鬼房俳句に親しんだ者として、や

 や拍子抜けする句ではある。

  津軽藩十万石の弘前城は、三層の切妻の飾り破風を持つ天守閣で名高い。その天

 守が万朶の桜の上に浮かび上る景は、華麗絢爛であり、弘前桜祭には全国から二百

 万人の観光客が押し寄せる。山麓百沢より上の岩木山(津軽富士)にはまだ雪が残り、

 その裾野の弘前平野は林檎の薄いピンクの花と芳しい香に包まれる。

  挨拶句としての弘前への賛歌であると共に、やっと翌五月の「小熊座」創刊に漕ぎつ

 けた安堵感と自祝が込められているような気がする。加えて桜に人生の儚さを籠め、永

 年多くの疾患に苦しむ鬼房が、翌年に胃の3/4、膵臓の1/2、脾臓全摘の大手術を

 受ける兆候を感じていたのかも知れない。続く句、杉花粉に咽びながら真摯に業務に

 励む森番=営林署職員に一昨年退職した自身を投影させている。

                                  (広渡 敬雄「沖」「青垣」)




  春に「弘前」と聞けば、東北地方に暮らす人のみならず、旅行が好きな人も青森県の

 桜の名所を思い浮かべるだろう。本州の名所の中では一番開花時期が遅く、だいたい

 ゴールデンウィークのあたりに見頃を迎える。私が小中学生の頃に地元の岩手で見た

 ニュース映像でも天守に映える満開の桜が印象的であった。岩手県と青森県でも、観

 に行くには気合いのいる距離のため、私自身はまだ弘前の桜を見たことはない。この

 頃の鬼房は、山形県の山寺や米沢、栃木など様々な所へ吟行に行っているので、弘

 前の桜も眺めたのだろう。

  その満開の桜の中にある弘前城は国の重要文化財の一つで、天守閣や櫓が江戸時

 代から現存している。岩手県の盛岡城や宮城県の青葉城など、東北各地にも城や城址

 はあるが現存しているという点では非常に珍しく、東北一の情緒がある地と言えるかも

 しれない。きっと鬼房も本物の城下の風情を感じて、すっとこの句が湧いてきたのでは

 ないだろうか。

  また表現の面で着目したいのが「泛べ」の字である。意味としては「浮かべる」の字と

 同じではあるが、この字を用いたことで「ひろく・あまねく」の意味がより味わいと世界観

 を深めている。北の地の強さと誇りが堂々と伝わってくる一句である。

                                            (一関なつみ)