小 熊 座 佐藤 鬼房
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            佐藤鬼房




    



          佐藤鬼房・句集著書

          佐藤鬼房句集

            第一句集『名も無き日夜』 鬼房自選句  序・西東三鬼  跋 鈴木六林男

            第二句集『夜の崖』 鬼房自選句  序・西東三鬼  跋 鈴木六林男

            第三句集『海溝』  鬼房自選句   あとがき

            第四句集『地楡』  鬼房自選句   

            第五句集『鳥食』  鬼房自選句   あとがき

            第六句集『朝の日』 鬼房自選句   

            第七句集『潮海』  鬼房自選句    

            第八句集『何處へ』 鬼房自選句    

            第九句集『半跏坐』 鬼房自選句   

            第十句集『瀬頭』  鬼房自選句  

            第十一句集『霜の聲』 鬼房自選句
  
            第十二句集『枯峠』 鬼房自選句    
 
          『証言・昭和の俳句』50句・鬼房自選

          佐藤鬼房50句・高野ムツオ選

           佐藤鬼房主要参考文献           

           佐藤鬼房句碑

          俳句の風土性にふれて  佐藤鬼房  

          言霊の澄明を   佐藤鬼房
       
          沈黙の力ほか・・・・高野ムツオ(鬼房論)

            2005年12月〜2006年3月 佐藤鬼房展「鬼房を見よ」金子兜太

           2005年12月〜2006年3月 佐藤鬼房展「鬼房が求めたもの」高野ムツオ

          2005年12月〜2006年3月 佐藤鬼房展「作品鑑賞」高野ムツオ





    
    
 

  
          佐藤鬼房略年譜
 
  
1919 大正8年  
3月20日、岩手県釜石に生れる。父・善太郎、母・トキエの長男。本名喜太郎

1921 大正10年(2歳)
弟・徹郎生まれる。釜石の鉱山ストのあおりで祖父・小幡清松に伴われ一家で宮城県塩竃に移住。

1924 大正13年(3歳)
前年に生まれていた弟・善治死去。

1925  大正14年(6歳)
2月11日、父急性脳膜炎で病死。享年29歳。4月、塩竃町尋常小学校に入学。弟・勇生れる。
小学校の授業で『蟹工船』『女工哀史』の授業を聞き影響を受ける。

1933  昭和8年(14歳)
3月塩竃町高等小学校卒業。塩竃町製氷共同組合に就職。町立商業補
習学校に入学。この頃、詩、散文を仙台の日刊新聞「大仙台」に投稿。

1935  昭和10年(16歳)
3月商業補習学校卒業。この年「句と評論」を知り昭和13年終刊まで投句。白泉の通信指導を
受ける。

1936  昭和11年(17歳)
月斗系長谷川天更の「東南風」(いなさ)を知り、4号より同人となる。

1937  昭和12年(18歳)
7月「東南風」の同人を頼り夏、上京し下谷に住む。『句と評論』の句会に出席。

1939  昭和13年(19歳)
1月、小石川植物園前に間借り、日本電気本社の臨時工として通勤。三田四国町、神田へ転居。
9月、失意帰郷。『句と評論』の廃刊とともに同人を辞す。

1940  昭和14年(20歳)
大谷忠一郎(朔太郎門)らの「詩人界」新人賞受賞。この頃、盛合聡(盛岡)山田野理夫(仙台)と交遊。7月徴兵検査、第一乙類。月斗系保原犀州句会に出席。

1941 昭和15年(21歳) 
1月、現役編入、朝鮮威鏡北道城の輜重兵第18連隊自動車中隊に入営。期検査後中国の南京、
漢口等を転々。第2次大戦突入後は、台湾を経てジャワ島にて兵站業務に従事。この間「詩と
詩人」。南京で鈴木六林男に出会う。この頃西東三鬼の『旗』を読む。

1946 昭和21年(27歳)
捕虜生活を経て5月、スンバワ島より名古屋に上陸し復員。静岡・仙台国立病院を経て帰家。
「青天」に参加。11月、早坂ふじゑと結婚。

1947 昭和22年(28歳) 
秋本不死男の紹介で「新俳句人連盟」に加入。(分裂後も在籍)。「東北俳壇」に参加。12月、
長女・美穂が生まれる。この頃から三鬼に師事

1948 昭和23年(29歳)
山口誓子主宰の『天狼』が創刊され投句、鈴木六林男との2人誌『沼』を発刊するが1号で中止。
「天狼」の同人グループ 「雷光」に参加。

塩竈の太洋製氷に転職。

1949 昭和23年(30歳)
次女・美紀生まれる。合同句集『雷光山脈』を刊行。

1950  昭和26年(31歳)
合同句集『夜盗派』刊行。12月『雷光』終刊。「梟の会」創設。この頃から胆嚢が突然痛みだす
回数が増える。

1951  昭和27年(32歳)
6月、句集『名もなき日夜』刊。11月、福島の金子兜太を訪問し一泊

1952年 昭和28年(33歳)
関西で六林男、日野草城、平畑静搭を訪問。三鬼と初対面。「梟の会」
を解散し「夜盗派」結成。5月、長男・直誕生。7月「夜盗派」を辞め
無所属に。

1953年 昭和29年(34歳)
現代俳句協会会員となる。六林男とともに「風」に同人参加。

1954年 昭和30年(35歳)
第35回現代俳句協会賞受賞。受賞式後、高柳重信、神田秀夫、楠本憲吉
と「現代俳句の会」結成。

1955年 昭和31年(36歳)
1月「天狼」同人に。4月、第2句集「夜の崖」刊

1956年 昭和32年(37歳)
この年から翌年にかけ、叙情の問題と人間性について孝橋謙三と論争。

1958年 昭和33年(39歳)
「天狼」10周年大会にて三鬼と会う。

1960年 昭和35年(41歳)
三鬼の還暦祝に上京。この頃学生たちと交わり思想的にも文学的にも
鍛えられる。

1961年 昭和36年(42歳)
来仙の三鬼らと作並温泉泊。別れた直後胆嚢に激痛。「風」退会。

1962年 昭和37年(43歳)
西東三鬼死去。宿痾の胆嚢切除。「頂点」参加。

1963年 昭和38年(44歳)
1月、石崎素秋、松本利次と「3人の会」を始める。「海程」に参加。
三橋敏雄と初対面。

1964年 昭和39年(45歳)
1月胆嚢切除、。

1965年 昭和40年(46歳)
誌上句集『海溝海溝』を天狼に発表。

1971年 昭和46年(52歳)
松島芭蕉祭で野澤節子と交歓。榊莫山グループ「山径社」書店で第1回
山径賞を受賞。

1973年 昭和48年(54歳)
NHK総合テレビ「話題の広場」で「無名の譜」として鬼房の俳句と生活を様子を放映。

1975年 昭和50年(56歳)
松島芭蕉祭で加倉井秋を、桂信子と交歓。第4句集「地楡」刊

1976年 昭和51年(57歳)
第3句集『海溝』刊


1977年 昭和52年(58歳)
来仙した歌人の岡井隆と東北学院大学の久保忠夫宅にて懇談。第5句集
『鳥食(とりばみ)』刊

1981年 昭和56年(62歳)
俳論集『片葉の葦』とエッセー集『蕗の薹』を出版。池袋での東北ブックフェァで重信に寺山修二と
初対面。

1983年 昭和57年(64歳)
第7句集『潮海』刊。

1984年 昭和59年(65歳)
11月宮城県教育文化功労者賞受賞。日本文藝協会会員。第8句集『何處へ』刊

1985年昭和60年 (66歳) 
5月、「小熊座」創刊。

1986年 昭和61年 (67歳) 
胃、膵臓、脾臓手術

1987年 昭和62年(68歳)

句碑「陰に生る麦尊けれ青山河」が宮城県囓O谷町に建つ。塩竈のギャラリーKで「佐藤鬼房ー
青木喜仙展」開催

1988年 昭和63年(69歳)
『風の樹』刊

1990年 平成2年 (71歳)
第39回河北文化賞受賞。『半跏坐』で第5回詩歌文学館賞受賞。

1992年 平成4年 (73歳)
地域文化功労賞として文部大臣表彰を受く。

1993年 平成5年(74歳) 
『瀬頭』で第27回蛇笏賞受賞。

1998年 平成10年(79歳)
『枯峠』(紅書房)刊。

2001年 平成13年 (82歳)
『佐藤鬼房全句集』(邑書林)、句集『愛痛きまで』(邑書林)刊。

2002年平成14年 (82歳)
1月19日、死去。

   
   



 
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