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2023/1 №452 特別作品
去り行くもの逝きしもの 増 田 陽 一
猫族の嬌声に花散りゆけり
鯨寝返る水仙の崖遙か
蛇穴を出て行く処なかりけり
硝子戸に鷹突き当たる街に住み
赤き布は伐る印なり啄木鳥よ
少年や股間に鮎の縺れ去る
兜虫翔ぶ音聞きて夢うつつ
浜木綿や故友の画室鼠出る
走り根の蛇に紛ひて夜を光る
夏休み象は象より生るなり
西瓜割るベティ・ブープかマリリンか
栃咲くや学生街の羅甸猫
秋蝶の吻たゆたひて末枯るる
焼き栗やバレエを語る老残女
きりぎりす死にイギリスの女王逝く
きりぎりす死してわが身の夏も逝く
天気図や擦り切れるまで螽蟖
斑猫採りが砂の女に出遭ふ秋
枯菊焚くは我か見知らぬ老人か
霜夜更け蠅取り蜘蛛も竦むなり
ねこじゃらし 佐 藤 茉
改札口より鳩が先頭大西日
残照の重みのことに真葛原
帰省子に背ナを正して見せにけり
秋扇しずかな人とゐて閑か
終るまで凭り掛らず吾亦紅
秋の雨散骨ならば深海へ
店員のアジア訛や野分晴
秋の日や亀の重なる寺の池
はぐれゐし我に点りぬ烏瓜
跨いだのは老人揺れるねこじやらし
月白や手の水かきの消えてをり
戦ありさくら紅葉のその先に
攫はれて来たかに揺るる秋海棠
とれかけの釦が一つすがれ虫
ためらひが零れて落ちぬ金木犀
対岸のこゑの大きさ草紅葉
身に入むや昨日より濃く眉をひく
山すぢに日裏日面もみづれり
やや寒の人込みにあり人のこゑ
量り売りのサラダを買いぬ秋の暮
春の火事 佐 川 盟 子
偏頭痛氷湖に針を落したる
白鳥の羽に共振する睫毛
肌恋し凍裂のこと聞きしより
さてそれできみはどうするつもり雪
夜の雪かりそめならぬ火を熾す
がうがうと氷の下の雪解水
滞るふたりに遠く春の火事
たましひをそよがせてをり夜の桜
蒲公英の絮滑走路延びてあり
ひとりゐの風船に指喰ひ込ます
夜ごと夜を倦み梔子の白の饐え
藪漕ぎの帰りと言ひし顔涼し
種を吐く口恥づかしくさくらんぼ
まだ熱き砂に腹這ふ十六時
明け方のシャワーに髪の生乾き
カフス外す白桃に刃を立てるとき
疼くたびしやらしやらしやらと秋の蛇
からすうり遅く生まれて父恋し
帰り花ピアスの孔にピアスなく
片しぐれ発車ベルまで目交わさず
柔らかい月 八 島 ジュン
この山の奥の泉の芯は月
小さくも月のほとりの家である
粉ジュース粉は多めに秋茜
我が影のするり離れてゆく月夜
片耳の秋思トパーズのイヤリング
あきらめは柘榴の中に醸される
竹の花ひらく赦しという疼み
ポケットのコイン温か月の町
月の丘いま象がころげていった
下弦の地球豊穣の海の岸辺にて
うっとりとまあるく石に積もる雪
泣き尽くせ今宵の月は柔らかい
眼下にパレードとんがり屋根に月
月のしぼりかすのごとき月である
月の山門黙礼のゴム長二人
三日月となりても一人にはなれず
一人とは孤独にあらず月の雨
二人居て孤独の深き月の雨
月天心肺の空気の入れ替わる
月さして一斉に影立ち上がる
日 月 阿 部 ゑみ子
日章旗帰るだあれもいない家
夏に帰る言霊にじむ日章旗
日章旗返還式後心太
手形押されし日の丸帰る終戦日
日の丸の手形は御霊乗せてくる
生還の父の日の丸誰も知らず
尺蠖のとにかく先へ倭人伝
満月に兎のいない異国かな
山蚕蛾大きく終の羽ひらく
日章旗帰る落葉の堆く
今夏、仕事で日章旗返還の件にちょっとだけ関わった。太平洋戦争で戦死
した日本兵の日章旗が、たくさんアメリカへ渡った。日章旗は戦地のお土産と
して米兵の間で大変人気があったという。今回、ガダルカナルからアメリカに
渡った日章旗が、遺族(甥の妻)のもとへ返還された。返還したのは、米兵の
ご子息。日章旗は「日本兵の個人的な、特別なものだ」と父親から聞かされて
いたこと、日章旗を返還したいと父親が願っていたこと等、熱く語って頂いた。
病気の父親のかわりに退役兵の同窓会に出席して、皆んな心に傷を抱えてい
ると知ったそうだ。返還できて、念願がかなったと喜ばれていた。
仲介したOBONソサエティは、日章旗の遺族を探し出して仲介する非営利団
体。そのホームページには、日章旗返還にまつわるエピソードがたくさん掲載さ
れていた。例えば、日章旗をアメリカに送った後に戦死した兵士がいて、その日
章旗が返還された話、幼くて文字が書けず手形を押した日章旗が、七十五年後
に手形の本人に返還された話。
私の父はシベリアに抑留せれて生還したのだが、家族の誰も日章旗のことを
知らず、気にも留めていなかった。今回初めて、父の日章旗はどうなったのだろ
うと思った。 (ゑみ子)
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