小 熊 座 2025/8 №483特別作品
TOPへ  INDEXへ戻る


特別作品

2025.vol.41 no.483

句は唄に

髙橋 薫

  • 刃は要らぬ熟れに熟れ西瓜崩壊
  • 向日葵の裏側から鋭利な光
  • 軍艦の日もヨットの日も海は青
  • 漣は命を尽くし雲の峰
  • 老犬の背後より差す大西日
  • 雷鳴に潤む牛の目ドナドナドナ
  • 蟬時雨吐き出している透明な殻
  • 肺もない空蟬の内に残る息
  • 緋カンナの直立何故か苦しくて
  • コスモスは少しずつ増ゆダムの底
  • 松籟や胎内記憶よみがえる
  • 月の後ろから死滅回遊魚
  • 花ならぬ花野を迷う飛行機雲
  • 終焉の予感雪虫の大移動
  • 死神の鎌の刃毀れ寒の凪
  • 沈黙の垂氷の奥の仄光
  • 細胞がざわりざわりと雪割草
  • 流氷や触れ合えなくて鳴きだせり
  • 完璧な乙女椿というかたち
  • 句は唄に非武装地帯も桜

変拍子

池之端 モルト

  • 雪国に遅延を告ぐる鼻濁音
  • 平原と星の隙間の霧氷かな
  • 嫉妬する神ゐる国や百千鳥
  • 淡雪とのみ記さるる日記かな
  • 春愁を追い越すためのペダル欲し
  • トロ箱に貝や遅日の砂を吐く
  • 春の月とは遠ざかる父のこと
  • 夏の夜や波は正しき変拍子
  • 蛾の骸蹴って新聞休刊日
  • 枯れさせて終へる観察扇風機
  • 点々と蟬の血の垂る舗道かな
  • 地平よりかすか夕立の匂ひけり
  • 野晒しの骨に咲く花夏終わる
  • 秋めくや小さき古本屋に李白
  • 電話ボックス満月が満ち溢る
  • 天高く羊しづかに縊らるる
  • 三輪山は烟り熟柿は陽を喰らふ
  • 寒柝や銭湯を出て星を見る
  • 臼を蕎麦溢るるやうに初茜
  • 樹の洞は常世の出口雪の虹

水に航く

川口 真理

  • 亀の子の変はらぬ朝のありにけり
  • 歪みつつ径ののびけり夏休み
  • 影どれも小さき息吐き油蟬
  • 日を浴びて身の翳りゆく土用入
  • 時かけて時の流るる涼しさよ
  • 八月やひと葉ひと葉の傷ひらく
  • ゆくひとの風にふくらむ夏の果
  • 泡立てて泡に覚めたり秋のこゑ
  • 九月の香たちのぼりたる涙かな
  • 水に吾の映りては航く野分晴

永井陽子と俳句

あまでうすあまでうすとぞ打ち鳴らす豊後の秋のおほ瑠璃の鐘
ひまはりのアンダルシアはとほけれどとほけれどアンダルシアのひまはり
十人殺せば深まるみどり百人殺せばしたたるみどり安土のみどり

一瞬にしてその三十一音に目と心を奪われる永井陽子の歌の世界。永井の出発は俳句であった。

あまでうす(モーツァルト) と豊後の鐘との意表をついた取り合わせは、際立ってうつくしい韻律と音楽性により、スケールの大きな不思議な景色へと読む者を誘う。

二首目の永遠とも思われる時の流れ。〝とほけれど〟の一語に全てを託し、一首を貫くぎりぎりまでの省略は、短歌というよりも、洗練の極みの俳句の感覚に近い。衝撃的な三首目。みどりのリフレインが、結句の安土のみどりへつながってゆく。その切れの鋭さスピードも俳句を連想させ、とても興味深い。

(真理)

 

© kogumaza