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小熊座・月刊

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2008 高野ムツオ(小熊座に掲載中)
2008年12月 秋 暑 高 野 ムツオ
淡路島
鯖雲の一尾となりて渦を見に
渦潮も銀河の渦の一つなり
胸中の無数の渦や星月夜
秋の潮敦盛が首遠巻きに
傾城阿波鳴門終幕秋日濃し
小豆島
放哉の墓にはなにもなき秋暑
秋風や放哉二百十六句
2008年11月 天 球 高 野 ムツオ
午後は陽の裏側よりの秋の蝉
もう蝉の声ではないが秋の蝉
松山宝厳寺
一遍上人千年素足秋の風
雨粒を瓔珞として螻蛄鳴けり
噫々あれはいつかの夢精天の川
天球をなお丸くして虫の夜
虫の原一枚天の原一枚
2008年10月 琉 金 高野 ムツオ
向日葵の十四本目として立てり
琉金が闇に原爆投下の日
晩涼や一本ごとの草の声
男には谷間なけれど百合愛す
火照りまだ胸底にあり月見草
晩夏の海目指し蝙蝠傘二本
花 巻
−条は賢治の声か晩夏光
2008年9月 蘆 原 高野 ムツオ
黄色とは我らが肌雲の峰
人はみな熱き砂なり上野駅
蘆原の先も蘆原毛野国
かなかなや路傍の石は熱きまま
かげろうも天目指すとぞ下野は
蚕豆を食べ夕焼に溶けている
陸前霊歌蛍袋の中よりす
2008年8月 春 蝉 高野 ムツオ
(軽井沢にて)
春蝉の降らず照らずといつまでも
昼蛙女体浅間は雲の中
はつなつの野沢菜漬に雪の香す
六人は悪人なるぞ行々子
宇多喜代子みどりの風に乗らんとす
ががんぼを相手に雪月花の話
嘴太は梅雨の夕日を領土とし
2008年7月 白鷺 高野 ムツオ
降ろされてよりの日の丸春の暮
春夕焼あれはやむなく捨てしもの
白鷺一羽千年前から立てるごと
風狂はアンテナに乗り梅雨鴉
消去せしわが来歴に西日さす
忘我の境とは蚕豆の色のこと
夏燕空は呼吸を止めている
2008年6月 霾 天 高野 ムツオ
霾天に関東平野浮き上がる
去年より此処に居りしと春の蝿
眼底に花びらを溜め新老人
少女らは屈みのけぞり聖五月
腕がまず春の夢より抜け出しぬ
雲雀野の頬のあたりの夕日かな
葉桜や血潮に音のあるとせば
2008年5月 空の奥処 高野 ムツオ
頬熱くして生きるべし春北風
末黒野に父の思想の夕日あり
牡丹雪空の奈落の底が抜け
雪解聞かばや美豆の小嶋を手枕に
蔦芽吹く空の奥処に触れるたび
木の内部には木の灯あり春の暮
はこべらの花の声なら多賀ノ柵
2008年4月 梅は蕾 高野 ムツオ
鞭跡として氷結す勿来川
今冬は海を見ぬゆえ肋透く
服わぬものの一つに雪解光
薄氷や俘囚の声をその底に
火焔土器の火焔のごとし春吹雪
件虜の眼に梅は蕾ぞ常永久に
山は黒鍵川は白鍵雁帰る
2008年3月 崖氷柱 高野 ムツオ
今日からは月光浴ぞ麦の種
越冬や馬は銀河に尾を揺らし
秘するとは風花こぼれ止まぬこと
ひとつまみして誰が撒きし冬の星
悪声はわれのみならず冬の雉子
青空はありてなきもの崖氷柱
悼石崎素秋
葬送を終え水鳥の光浴ぶ
2008年2月 冬 の 蝿 高野 ムツオ
翅はしろがね脚ほくろがね冬の蝿
光りさざめき我等も夜の落葉なり
振向けば狂濤ばかり冬ざくら
繋ぐ手は無けれど鴨の小躍りに
さかさまに止まり蝶から凍蝶へ
即物的人間として冬日浴ぶ
父の忌の冬木一本歩み来る
2008年1月 冬 雁 高野 ムツオ
年頭一句命懸には如かざれど
みちのくはもとより壺中初茜
一枚の遺影と母へまず御慶
今日のみの色を尽くせり冬の海
天地は古びて新た雁の列
冬の雁己が死齢を越えて飛べ
まどろめば冬日千金重畳と
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