小 熊 座
2026/3 No.490
特別作品
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特別作品
2026.vol.42 No.490
小景
仁藤 さくら
喪服着て邃き花影の輪に入りぬ
陽をまぶしむ雪吊りといふ檻のなか
女正月死の文字に棲む鯛一尾
やらひてのち我が身の鬼と気がつきぬ
枯れ切つて見せよと影がささやけり
雪礫或ひはわれが享くるべき
蝶のやうに春は畢りて父ら老ゆ
乾坤あまねく春なり父死ぬ日の真昼
嗚呼五月父となるため父は生れ
母の翳濃くなるからすうりの夜
母の日のはるかなる夜はじまれり
生と死が入れ替わりゐる涼み台
花火音最期のひとつとなりて消ゆ
颱風一過少年雌伏の眼をあげぬ
鬼やんまわが永遠を併走す
八月十五日水草の翳を出ぬ和金
平和祭終電青年らを拉致す
幸福のあたりかじられ冬の柿
空缶にこの世の果ての薄氷
不器用な父に無骨な冬至梅
狐火
山野井 朝香
涸川や心内向きになりし午後
葱甘し過去のしこりは消せぬもの
狐火に追われて兄と早歩き
枯菊や少し遅目の反抗期
オリオンを数える指の先にガザ
湯冷めせし耳に高まる機の音
マフラーを二重に巻いて荒川線
冬の雲遂に挫折を選びたる
枯芭蕉その影にある余力かな
屯して静寂深き寒の鯉
引く浪の白もてあます師走空
窓拭いて男体颪に接近す
その中に言葉育てり冬木の芽
胸中の一語が言えず牡蠣すする
寛解の父に八溝の寒の水
言いわけを抱いて歩いて冬日影
寒夕焼通学リュックに紛れ込む
癒え近き記憶の中にシクラメン
寒明けて言葉の灰汁を呑みこめり
蝋梅や兄からの手紙捨てられぬ
冬ざれ
田村 慶子
いつか来し隧道抜けて冬かもめ
冬紅葉うつして暗き船溜り
綿虫や百円バスの停留所
舫い杭屈む漁師の冬帽子
冬凪の船待つ舫い杭ばかり
船小屋の網こんもりと冬日さす
枯すすき透けて日溜り船溜り
寒菊の括られ揺れおり船屋
青空と木守柿荒脛巾神
じぐざくの冬の木洩れ日荒脛巾
旅の神いろいろ纏い冬ざるる
枯野来てまた枯野へと旅の神
枯葉ひらひら留まる太子堂の前
コンビニのコピー機と吾と冬日かな
多賀城の冬野の奥の足の神
木守柿これは熊にはあげないよ
塩釜の回転寿司の時雨けり
熊が出てきた銃猟という言葉
宮城郡利府町赤沼冬かもめ
冬の海貨物列車が隠れゆく
手話
斉藤 雅子
ツーリング仲間の手話や薄紅葉
黒塀の静寂を割りて秋日差す
胡桃割る妻のどこかに鬼が棲む
真夜に散る木の葉の音や黄泉の客
線虫が漂う今日の鬱の中
茶の花のつぶやくようなLINE受く
この秋天に宇宙ゴミ散乱なんて
寝不足の影が落葉を掃いており
鍵っ子を迎え入れるは柿簾
銃声の届かぬように帰り花
初冠雪にはじまる吾の余生
絵本読む行間に落つる木の実
ステンドグラスの一部ようろこ雲
クマ被害絶えることなく冬ざるる
マスクして本音眼に言わせおり
おでん食むテレビ映像は空爆
淡々と積雪情報地震の地に
この郷の原点となる芒原
草の実の飛んで居心地確かなり
六秒で筋肉体操冬うらら
冬林檎
若田 郁
籾殻の海のゆりかご冬林檎
おさなごの両手のかたち冬林檎
冬林檎剝くたび子供から大人
顔の似ぬ姉といもうと冬林檎
冬林檎いもうとだけに在る翳り
人見知りの二十歳の部屋冬りんご
冬林檎ナイフのようだった人
混沌を叫びを芯に冬林檎
好きだったひとと夜汽車と冬林檎
冬林檎たぶんひそかに泣いている
口下手に不器用揃い冬林檎
手のひらを傷のあたりへ冬林檎
傷ついて放たれる香や冬林檎
冬林檎触角あらば全方位
冬林檎香らば香れ友の忌来
語り手は写真一枚冬りんご
哀しみを実らせたよう冬林檎
地球中を巡る戦場冬林檎
胸元に祈りの匂い冬林檎
冬林檎写真のひとは笑っている
探検の風
𠮷沢 美香
万有引力マフラーと海の風
身長は冬の蒲公英より伸びた
しくしくと泣けばブロッコリーの中
体はひとつ地球もひとつ霜柱
音楽に膨らんでゐる枯木かな
小晦日駅をぱぴぷぺぽと帰る
凍星になりたいジャングルジムひとつ
指切りげんまん鯨が打ち寄せる
白長須鯨は息の言ひ伝へ
帰郷する夜の北風は微炭酸
海鼠肥大化自らの大声に
トラックのタイヤに淑気漲りぬ
元朝や祖母の仏間の独り言
縄文の鼻息朝の地吹雪は
神様の涎一筋軒氷柱
人間の無知滾々と冬の山
雪の一生歌ふこと溶けること
珈琲に残る砂糖や阪神忌
寒茜本の重さが木の重さ
冬菫より探検の風が立つ
© kogumaza